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2006年05月01日 長野飛行場跡

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長野飛行場跡の記念碑(H18/4/22撮影)
 昔、長野市川合新田地区に飛行場がありました。この飛行場は昭和13年完成、平成2年廃止、滑走路全長625m、幅30mのやや小さな規模。この存在は、松代大本営の建設決定にも影響を与えたようです。私も長野に帰ってきた頃知りませんでした。
 戦時中に、この近辺は空襲(S20/8/13)も経験、軍事施設が攻撃されるのはいつの時代でも一緒。
 市誌によれば「もっぱら軍部の飛行訓練や青年層のグライダー訓練に利用された。その間一度大型爆撃機の着陸が試みられたが、滑走路不備のため機体が破損することもあった。」との説明。
 戦後、1961〜1981年3月間の20年間は通常の飛行場でなく、フライトプランの許可を得て飛行できる場外離着陸上として利用。これは航空法第79条ただし書によるもの。
この間、報道取材、農薬散布、送電線監視、災害救助支援などで活躍。その後、飛行場管理責任者の辞退により、当時の航空局は1981年に場外離着陸上をクローズ、1990年に飛行場そのものを閉鎖。
 今、この跡地には市営住宅と中学校のほか分譲住宅地が見られます。特にここ10年間は一般住宅が急激に増加。市営住宅横道路の円形状になっているのが唯一、当時の面影を残しています。あと20年したら存在そのものも風化していくでしょうか。
航空法
(離着陸の場所)
第79条 航空機(国土交通省令で定める航空機を除く。)は、陸上にあつては飛行場以外の場所において、水上にあつては国土交通省令で定める場所において、離陸し、又は着陸してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。
 郊外の工場や公共施設にヘリポート施設がまれに見られます。これはもっぱらヘリコプターの離着陸に利用されますが、上記航空法第79条ただし書による許可を受けた場所で可能。ヘリコプターは、好きな場所に離着陸できるわけではありません。
参考文献:長野市誌第6巻、金子春雄執筆・写真集「どこいくの!?わがまち2000」、小林計一郎・依田康資・小林英一編「写真集長野の百年」信濃路

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