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2006年05月22日 菜の花

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飯山市菜の花公園のようす(H18/5/19撮影)、例年より2週間くらい遅れている感じ。
 菜の花のたねから取る油(菜種油)は、我が家のメイン料理油。アレルギーの子供を持つ家庭では油にも気を遣います。
 ふと、菜の花は昔からあるのか疑問に思いネットで検索。
 百科事典ウィキペディアによれば、江戸時代の俳人与謝蕪村(1716-1783年)は菜の花をいくつもの歌に詠みこんでいるとのこと。
 ・菜の花や 月は東に日は西に
 ・菜の花や 鯨もよらず 海暮ぬ
 ・菜の花や 摩耶を下れば 日の暮るる
 ・菜の花を 墓に手向けん 金福寺
 下記参照サイトによれば江戸時代にあった菜の花はアブラナ、現代はセイヨウカラシナと呼ばれる外来種がメインとのこと。昔、咲き誇ったアブラナ畑は、現在日本でもごくわずかのようです。
 また、下記同ウィキペディアによれば、
「行灯(あんどん)は照明器具の一つ。持ち運ぶもの、室内に置くもの、壁に掛けるものなど様々な種類がある。もともとは持ち運ぶものだったため「行灯」の字が当てられ、これを唐音読みして「あんどん」となった。携行タイプは後に提灯に取って代わられた為、据付タイプが主流となった。・・一般的に普及したのは江戸時代である。それまでは火皿が覆われていなかった。竹、木、金属などで作られた枠に和紙を貼り、風で光源の炎が消えないように作られている。光源は主に灯明(とうみょう)で中央に火皿をのせる台がある。石もしくは陶製の皿に油を入れ、木綿などの灯心に点火して使用する。蝋燭を使用するものもあったが当時は高価であったため、主に菜種油などが使用された。庶民はさらに安価な鰯油などを使っていた(化け猫が行灯の油をなめるという伝説はこの辺からきたものであろう)。・・・照明器具とはいっても現在のものとは比較にならないほど暗いもので、電球の50分の1程度といわれている。明かりが貴重な時代だったのである。」
 江戸時代も菜種油は大活躍していたのですね。
 時代劇で見る行灯の照明は明るいですが、電球の50分の1では暗くてよく見えなかったでしょう。庶民が使う鰯油は臭く、夜になったら寝る生活が中心だったようです。
参考サイト:未来航路2006「よく分かる楽しい授業」目から鱗「菜の花」

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