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2006年06月16日 榎の木

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立派な榎の木(推定樹齢約500年、樹高18m)、長野市稲田のエノキ公園から。
 前回のブログでフリー百科事典ウィキペディアに「一里塚に榎などの木が植えられ」の記述がありました。ここは熊野社跡地。500年前というと西暦1500年、江戸幕府が一里塚を整備する約100年前、榎の木があるから単純に一里塚と結びつけるわけにはいかないようです。ではどうして一里塚に榎の木が多く植えられたのでしょうか。
 下記文献には、「江戸幕府が江戸日本橋を起点にして一里塚を築かせたのは慶長9年(1604)とされる。その時将軍家康が、惣奉行の大久保長安に、「よい木を植えよ」といったのを聞き誤って榎の木を植えたという伝説があるが、榎は根も張り、枝もひろがって、塚に植えるには適している。・・・さてその木種であるが、これは榎が多くて、総数581本の55%、次が松で27%、杉8%、以下は桜・栗・・・」と記述。
 また、この公園の案内看板によると「江戸時代には一里塚や路傍に植えることが奨励された。それは旅人が夏季に枝の繁茂した樹陰できるようにと配慮からである。榎をエノキと読むのは、路傍の大樹が夏季に木陰を作るので夏の木の意の和字である。・・・近くに信濃から越後に通じる古道があり・・・」
 確かにこの榎の木は遠くからでも目立ちます。この木陰でしたら夏の暑い時季休息をとりたくもなるでしょう。
 江戸時代、道にある樹木は目印、休憩所になったことがわかります
文献:児玉幸多著「宿場と街道」東京美術

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