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2006年07月04日 禅福寺

今週は曹洞宗の寺シリーズ。「長野県統計書」によると長野県の宗教法人(仏教系,H15/12/31現在)で最も多いのが曹洞宗、総数600で全体(同1587)の約38%を占め群を抜いています。続いて浄土宗(同238)、真言宗智山派(同155)、浄土真宗本願寺派(同113)、臨済宗妙心寺派(同94)、天台宗(同89)、日蓮宗(同63)等。実際、県内に曹洞宗のお寺は多いような気がしてました。
 私のイメージですと曹洞宗は真田藩や長尾家(新潟)、浄土宗は徳川家と善光寺、浄土真宗は笠智衆さんや一向宗、臨済宗は武田家や鎌倉時代、天台宗は善光寺。人によっていろいろなイメージがあるでしょう。ちなみに私の実家は曹洞宗、妻の実家は天台宗、母の実家は浄土真宗と入り乱れて。臨済宗は長野県北信地区に少ないですが木曽郡、飯田市等の中南信地区に多く見られるので地域によって異なる傾向があるようです。
 私は父の葬式で初めて宗教を意識、恥ずかしながらそれまで曹洞宗が禅寺であることぐらいしか知りませんでした。宗派によって香炉やローソク立ての位置も微妙に異なるんですね。
 いろいろな行事の宗教色は薄まりましたが、葬式だけはその家の宗派にこだわる傾向が強いでしょう。

20060703-2.jpg

 ところで写真は長野市松代町牧島にある禅福寺(曹洞宗)の池。切り立った岩肌と池が調和し風情を醸し出しています。ここは真田幸貫公お気に入りだった場所。居城よりやや遠く北国街道よりやや入ったところにあるにもかかわらず、たびたび訪れていたということですからよほどこの池を気に入ってたのでしょう。そう言えば前回ブログ「典厩寺」の記念館にも真田幸貫公自画賛が展示してありましたので散策を好まれたのかもしれません。
 幸貫公は真田家8代藩主、「寛政の改革」をおこなった松平定信の次男、外様大名(極めて異例)でありながら老中になり水野忠邦の「天保の改革」に参画しています。それと佐久間象山や村上英俊の洋学者をはじめ多くの人材を重用し、産業の振興、領地の開発、文武学校の創設につとめ名君と言われた殿様。また善光寺大地震(1847)のときの藩主としても知られています。この未曽有の大地震の後始末に奔走されたことでしょう。
 私は家族と毎年、真田祭りを見に行きます。歴代藩主に装った人たちの中でも幸貫公は何か光っているような気がして・・・・
参考文献
別冊歴史読本「戦国・江戸真田一族」(株)新人物往来社、長野県編「平成15年長野県統計書」、財団法人全日本仏教会・寺院名鑑刊行会編纂「全国寺院名鑑」、傳田重義著「歴史の道 北国街道を歩く」信毎書籍出版センター

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