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2006年07月24日 真田十勇士

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 忍者の猿飛佐助が修行したという伝説をもつ岩屋観音。ここは旧真田町(上田市)の角間温泉付近、222ある石段の上に建つ観音様で石段の傾斜度を測ったら約35度。手すりにつかまり1度休憩しただけで登り切りました。汗びっしょりでしたが、まだ若い? このような傾斜地でも急傾斜地崩壊危険区域の指定要件には合致していないようです。
 この角間温泉付近は火山活動によってできた渓谷、そそり立つ絶壁と巨岩が忍者の修行場のような雰囲気を漂わせています。西暦800年頃、征夷大将軍坂ノ上田村麻呂がこの付近に立ち寄っているほか真田一族の隠し湯としても有名。
 ところで猿飛佐助は真田十勇士の一人。知らない人はいないくらい有名でしょう。真田十勇士は真田幸村(信繁)に仕えた10人の家臣のこと。漫画や時代劇などでよく知られています。十勇士は作り話という夢のない話が一般的、ただ18貫棒を持った三好兄弟のほか何人かは実際に存在。18貫というと67.5kgですからこんな棒は当時でも振り回せなかったでしょう。
 参考までに下記文献から十勇士の記述を要約してみました。
・猿飛佐助:甲賀流忍術を使うスター的存在、信州鳥居峠の麓で出生?
・霧隠才蔵:浅井長政の家臣の遺児? 育ったのは伊賀の里(伊賀流忍法)。
・三好清海入道:出羽国亀田城主の息子。父を早くに亡くし幼くして城主に。18歳の時、落城したため母の姉妹である真田昌幸の奥方を頼って信州に向かう。
・三好伊三入道:兄清海と仲良かった。十勇士のなかでただひとり辞世の句を残している。・由利鎌之助:鎌の達人、後藤又兵衛との槍の試合が有名。
・海野六郎:海野家の出身。十勇士中、一番の古参。真田幸村の参謀役。
・筧十蔵:出生にいろいろな説あり。種子島銃を持っていた。
・望月六郎:望月家出身で譜代の臣。火薬使いの名人。
・根津甚八:生まれは信州。東御市に祢津という地区があり、豪族祢津家と関係?
・穴山小助:武田家の家臣の出。漢方医。
詳しくは下記サイト
真田氏三代の館:http://www2u.biglobe.ne.jp/~sanada/
 主君の真田幸村は、大阪夏の陣で徳川家康本陣まで攻め入って徳川方からも日本一の兵を持つとたたえられた戦国時代の武将。徳川方武将が幸村の遺髪を競って欲しがったことは有名な話。
 ただ、意外と知られていないのが十勇士と豊臣秀頼の戦死(リチャードコックスの日記)について。大阪夏の陣で秀頼は戦死したことになっていますが、真田幸村や十勇士のメンバーと落ちのびた伝説があります。実際、鹿児島には真田幸村直系の子孫?がいたり、谷山村落人等の伝説がいろいろ。何か源義経と似てますね、ヒーローを残しておきたい願望は今も昔も一緒。
 大阪夏の陣後、豊臣秀頼とともに薩摩に逃れたのは、猿飛佐助、霧隠才蔵、由利鎌之助、海野六郎、筧十蔵の5人。三好兄弟、望月六郎、根津甚八、穴山小助の5人は戦死、特に三好兄弟以外の3人は影武者として。ちなみに影武者は武田信玄以外にも多くの武将が採用していたことは言うまでもありません。
 こんな話を読むと歴史のロマンが何かかきたてられませか。我が家では息子たちにこの十勇士全員の名前を言えるように教育中。何の役にも立たないでしょうけど、いつかは興味を持ってくれるでしょう。
 
参考文献:銀河書房製作「物語・真田十勇士 真田町 英雄たちの夢の里」真田町発行

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