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2006年07月26日 善光寺大地震跡

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写真左は善光寺本堂正面左隅の回廊と釣鐘、右は本堂入口の柱(向拝柱)。
 左の写真に白くえぐれたところが写っています。これは善光寺大地震の強い揺れによって、はずれ落ちた釣鐘の縁がぶつかった跡。右の写真は柱が基礎の石よりずれています、これ一本だけでなく何本も。善光寺にお参りした後、この両方ご覧になって見れば地震の爪痕がおわかりになるでしょう。
 昨日のブログでも紹介した善光寺大地震(1847年3月24日午後10時)は江戸末期に起きたマグニチュード7.4の最大級規模。内陸部地震では濃尾地震(1891年M8.0)に次ぐものと推定されています。地震時は善光寺御開帳と重なったこともあってたいへんな被害に。
 善光寺大地震の特徴は地震の揺れによる被害よりも、それに連動して起きた二次的被害の大きいのが特徴。下記文献(善光寺地震に学ぶ)によると例えば、前回のブログでも紹介した堰き止めは松代藩で51カ所、松本藩内でも41カ所。裾花川、土尻川、当信川、柳久保川等で堰き止めが生じ、その後決壊し土石流を発生。時期的に雪解け水も重なったことが被害を大きくした原因のようです。
 また、善光寺付近には活断層が。例えば、善光寺東側は城山断層、南西方向は善光寺断層と安茂里断層。断層ラインは県庁の北西側から善光寺方面にかけて斜めに通っています。これらをひっくるめて長野盆地西縁構造線という名称、善光寺大地震はこの構造線が動くことにより生じたものと考えられているそうです。
 下記文献(信州の活断層を歩く)によれば研究者らが長丘断層付近のボーリング調査から善光寺地震クラスの地震周期を950年(1番古いのは8200年前の段丘等7段の段丘調査から)とはじきだしたとのことですからあと790年くらいは大丈夫?
ただ、地震による揺れは活断層よりも地盤の良しあしの影響が大きいでしょう。例えば、レキ層かシルト層かで。ちなみに県庁付近はレキ層が多く地下20m付近まで砂レキ・泥岩・砂岩層が大部分を占めますのでN値(標準貫入試験値)は大部分50、当然地盤は超堅固。私の事務所付近は地下25mまでシルト・砂層が大部分、N値は10以下がほとんどの軟弱地盤。地震があるとどちらがよく揺れるか言うまでもないでしょう。
参考文献
小林計一著「善光寺さん」銀河書房
長野市誌第15巻
赤羽貞幸・北原糸子編著「善光寺地震に学ぶ」信濃毎日新聞社
信濃毎日新聞社編集局編「信州の活断層を歩く」信濃毎日新聞社
「長野市地盤データ集2003年版」社団法人長野県建築士会長野支部

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