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2006年10月11日 千曲川のサケ

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 前回ブログの近くで写した千曲川のようす。雨の影響でしょうか濁っています。
 ところで下記文献(信濃の巨流 千曲川)によると昭和14年に飯山市の西大滝ダムができるまで千曲川・犀川のサケ漁は盛んだったようです。季節的に10〜11月中旬が最盛期、川魚の漁師たちが活躍した時代も。また、サケ漁の最も盛んだった長野市落合橋付近では年間に4000〜5000尾の水揚げがあったとのこと。
 また下記文献(変貌する信州)によると「上高井地方では1930年(昭和5年)には、さけ2125貫、ます820貫、あゆ210貫、うなぎ931貫・・・の漁獲高があったが、1936年(昭和11)信濃川大滝ダムが建設されてからは、これら魚類の遡行がなくなり、1957年(昭和32年)には、さけ、ますはともに0、あゆ195貫、うなぎ680貫となっている。このあゆ、うなぎは自生魚ではなく稚魚放流によるものである。こうして千曲川の魚相は貧しくなってしまったのである。」と記述。
 サケ2125貫とは7,968kg、一匹4kgとしても1992匹、いっぱいとれた時代もあったのですね。サケを狙って熊も出没したことでしょう。
 長野県史統計(二)編によるとサケの漁獲数量と価格は以下のとおり。盛んだったとはいえ、数量のばらつきが多く安定していなかったようです。
 1985年(明28)1103貫、1094円
 1900年(明33)107貫、168円
 1905年(明38)294貫、399円
 1910年(明43)185貫、280円
 1912年(明45)2329貫、3400円
 1914年(大3)2073貫、2587円
 1920年(大9)1143貫、4595円
 1925年(大14)3030貫、9530円
 1930年(昭5)12844貫、31449円
 1931年(昭6)17989貫、41792円
 1935年(昭10)4533貫、11560円
 1940年(昭15)576貫、1378円
 長野県は昭和55年サケ放流事業を開始、平成2年には最高の21匹が戻ってきました。ところがその後1匹も戻ってこない年もあってようで平成12年3月の放流を最後に事業から撤退。21年間放流しつづけましたが採算性(1億6000万円かけ899万匹放流)が合わなかったようです。サケは放流から回帰まで4年かかるそうで、一度こなくなった川にサケをよび戻すことの難しさがよくわかります。
 わたしが小学生の頃(約35年前)は川(馬曲川や樽川)へよく魚取りや釣りに行きました。まだヤマメやイワナもいて、取りに行くのが楽しく。とても上手な同級生は天然うなぎを素手で取ったこともありました。少し年をとったせいかなつかしく思い出します。
 いま、入漁券類を買わないと魚とりや釣りなんてできない時代。この千曲川に昔はサケやマスがたくさんいたなんて今では信じられない話でしょう。
引用・参考文献:建設省北陸地方建設局千曲川工事事務所企画・発行「信濃の巨流 千曲川」、信州地理科学研究会編「変貌する信州」信教出版部、国土交通省北陸地方整備局千曲川工事事務所監修「千曲川今昔」社団法人北陸建設弘済会

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