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2006年11月11日 関所破り

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 関所の三つ道具といわれる刺股(さすまた)、突棒(つくぼう)、袖搦(そでがらみ)。これは関所破りの捕獲に使用されたそうです。関所破りは重罪で磔・獄門に、見ただけで痛そうな道具。
 関所の開門は午前六時、閉門は午後六時、閉門後は特別の者以外は通れなかったとのこと。実際、関所破りをした記録はあるのでしょうか。
 下記文献(歴史の道 北国街道を歩く)によると信濃の国小諸在八幡村の俳人小林葛古の「五智もうで」という旅日記には関川の関所を手形なしに時間外に通り抜けるくだりが載っています。これによると関所を通らない抜け道には案内人と称する人がいて相当の案内賃をとられてしまい、これでは関所を通った方が気が楽でよかったと記述されているそうです。夜、山の中を通るのは至難の業、昼間だったら村人が山賊や山荒らしと警戒したらしく関所破りをするのに抜け道を知っていなければ道に迷ってしまうでしょう。今だったら熊にも出会うでしょうし。箱根の関所には裏道にも小さな関所があったそうで今も昔も考えることは一緒?。
 石川県小松市にある安宅(あたか)の関所で弁慶が偽の勧進帳を読み、関守・富樫泰家は源義経だと見破りはしたもののの同情で通過させたという有名な話があります。一人はともかく、そこそこの人数がいれば関所破りは難しかったのでしょう。
安宅の関:http://ataka-no-seki.or.jp/next.htm
 江戸時代、幕藩体制の維持のために関所が果たした役割も大きかったのかもしれません。

参考文献:傳田重義著「歴史の道 北国街道を歩く」信毎書籍出版センター、北国街道関川の関所「道の歴史館読本」、児玉幸多著「宿場と街道」東京美術

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