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2007年05月24日 地質の謎

 飯綱町(牟礼村と三水村合併)にある舟石のようす。平成15年当時の牟礼村天然記念物に指定。

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 現地案内板によると
「長径9.6m、短径5.3m、高さ4.3m、岩質輝石安山岩
舟の舳先(へさき)に似た形をしていることからこの巨石は舟石(ふないし)とよばれています。舟石は、数十万年前に起こった火山噴火でできた一世代前の古飯綱火山が、その後火山の爆発や地震などにともなって崩れ、岩の塊としてここまで運ばれてきたものであることが、岩質を調べることでわかります。このように火山体が崩れて、なだれのように早い速度で山麓に流れ下る現象を「岩屑(がんせつ)なだれ」といいます。・・省略・・
文献上では、すでに江戸時代の寛文七年(1667)の記録のなかに「舟石」「舟石尻」の耕地名が記されています。土地の名前になるくらい、舟石はこの地域のシンボル的な存在だったのでしょう。
 石の上には細長い溝があり、ここには常に水が溜まっています。・・省略・・
 さまざまな病気に効くという民間信仰があり、「神霊水」」と呼ばれて大切にされてきました。昭和初年頃まで遠方からこの「神霊水」を汲みにきた人々もいたといわれます。」と記述。
 確かにこの辺の字名は「舟石」、ほかに旧牟礼村内では「石原」3個所、「平石」2個所があるほか、「ワレ石」「蒸?石」なども。
 岩屑(がんせつ)なだれという名前は何か火砕流みたい、言葉だけで恐ろしく感じます。
 牟礼村誌によると「高岡地区には、袖之山の「舟石」や野村上茶臼山周辺の「馬把石(まんがいし)」をはじめとする二十数個にものぼる巨石が点在する。・・省略・・これらは、当時の古飯綱火山の火砕流で形成されたもので、同一の岩片で構成されていたり成層火山の構造を残したりした巨大なブロックから成るとみられる。堆積後、軟らかな周囲が差別浸食され、高さが強調された可能性が高い。層の厚さは、200〜300mである。」と記述。
 火山や火砕流による噴出物の厚さが200〜300mというのもすごいですね。どんな時代だったのでしょうか。毎日地震のような、もちろん人間はいなかったでしょうけど。これだけ巨石があるのでしたら町の目玉として観光ツアーを組めば行く人もいるかもしれません、勝手な想像ですが。ただ、町のサイトには巨石を観光施設としていないので何かさみしい気がします。
 百科事典ウィキペディアの「火砕流」の項目に、
「エーゲ海サントリーニ島のミノア噴火。約3600年前ミノア文化の中心地クレタ島から少し離れたサントリーニ島が大爆発した。古代都市アクロティリ遺跡などの発掘調査によれば、まず大量の軽石が降下し(厚さ50cm)次に大規模な火砕流が発生して約50mの厚さに堆積し、その後島のほとんどが陥没しカルデラを形成した。この災害の言い伝えが、高度な文明を持った島国が地震と大洪水により一昼夜で海に没した『アトランティス伝説』になったのではないかと言われている。」とあります。
 もしかしたらこの「舟石」当たりの地下に高度な文明をもった民族が?
引用・参考文献:牟礼村誌(上)

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