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2007年06月03日 地質の謎9

 黒姫山をバックにしたナウマンゾウの親子、前のブログ(2006/11/6)でも紹介していました。背景にある水田地帯は昔の化石湖でもあります。
 この付近にある野尻湖は言わずとしれたナウマンゾウが発掘された場所。ナウマンゾウ親子が水を飲みに来ていたことでしょう。

20070603-1.jpg

 ナウマンゾウのナウマンはナウマン博士からとっていますが、意外とこの博士の業績は知られていません。
 百科事典ウィキペディアによると
「ハインリッヒ・エドムント・ナウマン(1854年 - 1927年)は、ドイツの地質学者。
日本における近代地質学の基礎を築くとともに、日本初の本格的な地質図を作成。またフォッサマグナやナウマンゾウを発見した。
1875年(明治8年) - 1885年(明治18年)、明治政府に招へいされ、日本に滞在。東京帝国大学(現:東京大学)地質学教室の初代教授に就任。地質調査所(現:独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター)の設立に関わり、調査責任者として日本列島の地質調査に従事。調査は本州、四国、九州と広範囲にわたり、距離は10000kmに及んだと伝えられている。また、当時存在した地形図には等高線が記されておらず、海岸線の輪郭が記される伊能図を基に、地形図の作成と並行して地質調査をするという膨大な作業を成し遂げた。関東大震災で東大図書館が焼け落ちた時に自分の蔵書を寄贈した。」と記述。
 ナウマン博士が日本のためにこんなに尽くしていたのですね。レイケ(オランダ)やナウマンといい明治時代の外国人技術者には頭が下がります。
 それにナウマン博士はフォサマグナも発見していたのには驚きました。
百科事典ウィキペディアによると
「フォッサマグナは、日本の主要な地溝帯の一つで、地質学においては東北日本と西南日本の境目とされる地帯。
西端は糸魚川静岡構造線(糸静線)、東端は新発田小出構造線及び柏崎千葉構造線とされる、広い範囲にわたる地帯。中央地溝帯とも呼ばれる。」と記述。
 長野県はフォッサマグナのほぼ中心に位置していて、当然のことながら地震の巣のよう。中越地震の時、私はあまりに揺れに家の下敷きになるかと一瞬覚悟しました。住んでいる場所の標準貫入試験値(N値)が5以下のせいもあるでしょうけど。
地質学の研究が進んでいって地震が予知できる時代になればいいでしょうね。
参考サイト
糸魚川市博物館(フォッサマグナミュージアム・青海自然史博物館)
http://www.city.itoigawa.niigata.jp/fmm/index.html
<追伸>
これで地質の謎シリーズも終わり。ブログも一区切りついたので2週間ほどお休みします。

この記事へのコメント
Re:地質の謎9 by モリノブ

初めてコメントさせていただきます。野尻湖のナウマンゾウ、でっかいですね。大きな風景で、今にも走り出しそうです。恐竜の映画を観ているような写真でした。

モリノブ様 by 内藤

先生、ホームページご覧いただいて恐縮です。野尻湖ではナウマンゾウの化石がたくさん出土しています。たとえば牙は10本以上発掘されており、その内、1本は全長2.4mだったそうです。

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