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2007年07月10日 志賀高原2

 志賀高原にある平床(ひらとこ)大噴泉のようす、このあたりは江戸時代末期から明治初期に開発されたところ。
 大噴泉は志賀高原の熊ノ湯温泉近く、当然ですが硫黄臭くて遠くから眺めていたほうがよさそうです。といいますのは初めてここにこられた方の大半は、この噴泉にさわって後悔するからです。でも思わずさわってみたくなるのが人間の心理でしょう。

20070710-1.jpg

 ちなみに、地質は、
 文献(山ノ内町誌)によると「志賀高原の土台は、先にのべたようにひん岩や石英閃緑(せんりょく)岩という地下でマグマが冷えてかたまった半深成岩〜深成岩と別所層とよばれる、堆積岩からなっている。」とありますから、火山活動が今もって盛んなのかもしれません。
 この辺の積雪は半端ではなく、どんな雪の少ない年でも熊ノ湯のスキ−場は利用できると言われています。私は、ここまでこなくてもほかでスキーができてしまうので来たことがなく、都会の人のほうがよく知っているかもしれません。
 ところで同文献によると「熊の湯はもと湯沢といい、今からおよそ150年前、嘉永元年に佐久間象山が巡視のさいに、いで湯を発見し「かような山中に湧く霊泉は、将来必ずや避暑や湯治客でにぎわうだろう。誰か旅篭(はたご)を営むものはおらぬか」と土地の者に進めたといわれている。その後、手負いの熊が傷をいやそうと湯に浸っていたなどの物語りから、その名も熊ノ湯と名づけたといわれている。」と記述。
 佐久間象山は現在の姿を予想していたのかもしれません。
 象山発見から22年後の明治3年(1870年)になって地元の人が、ここを開拓し旅篭を経営し始めたそうです。主要路線の志賀高原草津ルート(県道)が開通したのが昭和40年ですから当時ここまでくるのに何日もかかったでしょう。
引用参考文献:山ノ内町誌

この記事へのコメント
Re:志賀高原2 by モリノブ

 写真の中なのに、この噴泉に触ってしまいそうですね。別府の地獄めぐりを思い出します。
 有馬温泉も源泉のあたりは硫黄くさいです。熊の湯とはいい名前の温泉ですね。
 
 

モリノブ様 by 内藤

野沢温泉村にも熊の手洗いの湯がありますので、熊はほんとうに傷を温泉で癒すようです。それに鹿の湯や鹿教湯温泉も同じように鹿が傷を癒す伝説がありますし、動物は本能的に知っているのかもしれません。

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