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2007年11月04日 銅戈(どうか)

11/2の朝刊(信濃毎日新聞)は中野市柳沢遺跡の大発見のニュースが一面トップに。
 写真は遺跡調査で発掘された完全な形の銅戈(どうか)のようす。この遺跡からは銅戈7本と銅鐸(どうたく)の破片2個が発見。11/3に現地説明会があるというので行ってきました。発掘調査にあたった大学教授の話では「一生に二度と無い発見」の言葉に引きずられて、ちょっと興奮気味に。

20071103-1.jpg

 銅戈は大きい包丁みたいな感じで思ってたより大きく、発掘調査担当者の話によれば2000年前の弥生時代のものとか。ちょうどキリスト誕生と同じくらい前の話。
 銅鐸は小中学生の頃、習っているのでわかりますが、この銅戈とは? 
 百科事典ウィキペディアによれば「銅戈(どうか)は青銅で作られた戈のことである。元来は戦車などでの戦闘で適した形状として発達した武器であるが、朝鮮半島や日本では刃部のみが大型化した形態として発掘される。日本における銅戈はその形状や使用痕が殆んどないことから、戦闘用ではなく祭礼用であろうと推測される。
日本では、基本的に九州地方北部に多い綾杉紋のはいったタイプと、大阪府・兵庫県・和歌山県に限定されて見られる鋸歯状紋の入った大阪湾型のタイプがある。」と説明。
戈はほこらの意味、もともと中国では剣としても使われていたようです。確かに形からいって戦えそうです。
 現場は国交省による河川堤防工事の最中に発見されたもので、溝を掘っているときあたったそうです。重機の掘る位置が0.5mでもずれていれば永久にわからなかったとのこと。
 歴史的発見は案外、そんな偶然だったりするのかもしれません。
 ちなみに発見された場所は私のブログ(2006/6/20)で以前紹介した中野市指定天然記念物「マユミ」の木から100mほど下ったところ。
 ここは夜間瀬川沿岸にあり、すぐ近くには千曲川が流れています。この夜間瀬川は昔、よく氾濫していますから、よく流されないで残っていたものだなと感心しました。
 知人の土建業者の話ではユンボで地面を掘るとき地層の色が変わると気をつかうそうです。そういうとき何かでてくることが多いそうで。長野県は遺跡が多いので業者はたいへんでしょう。

あとで現地説明者に聞いた会話
私「こんな剣みたいなもの造る技術が当時あったのですか」
説明者「おそらく中国から渡ってきたものでしょうが、よくわかっていません」
私「ほかに県内では出土例があるのですか」
説明者「塩尻市で銅鐸の一部がでている程度です。それに銅戈と銅鐸が一緒に発見された例は東日本でもないですし、銅戈がこんな完全な形で発見されたことはないはずです」
説明者も興奮してました。
 青銅器文化や一つのクニがあったのかもしれないということで中野市では大騒ぎ。そのうち土産物として「銅戈せんべい」や「銅戈クッキー」ができるかもしれませんね。

この記事へのコメント
Re:銅戈(どうか) by モリノブ

 銅戈の発見、5ミリでもずれていたらという話が興味深いですね。長野県は建築業者も大変ですね。
 銅戈は祭事用の刀なのでしょうか?銅戈せんべい、いいですね。昨日も妻は丹波で「恐竜せんべい」をおみやげに買っていました。

モリノブ様Re:銅戈(どうか) by 内藤

銅戈は最初、中国で矛として使われ、その後、祭事用のみになったそうです。
業者はただ掘るのではなく、カチンと音がすると緊張するそうです。石だといいのでしょうが。この堤防工事をしばらく中止のようです。専門家もまさか、こんなところから発見されるとは夢にも思わなかったそうです。

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