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2007年11月16日 ジャガイモ

 中条村日下野から。いつの間にか中条村特集になってしまいました。

20071115-1.jpg

 急傾斜の山間部に畑を持つ地域にはいも類を栽培している農家が多いでしょう。中条村にも「いきいきいも堀りツアー」があって都会の人が来られるとか。
 長野県で有名なのが遠山郷の伝統作物である二度芋で、いろりで焼く芋田楽がおいしいそうです。食べたことがないのでわかりませんが・・・。
下栗二度芋(しもぐりにどいも)
http://nipponsyokuiku.net/syokuzai/data/057.html
 文献(信州学大全)によると[遠山郷(下伊那郡上村・南信濃村)では、南アルプス(赤石山脈)の30度におよぶ急斜面まで畑が開かれて、そこには在来種のジャガイモが栽培されている。ここのジャガイモは二化性で、夏芋と秋芋の二期作が可能であるので「二度芋」と呼ばれている。(略)食糧事情がよくなった昭和30年代から秋芋は作られなくなっている。高野長英の『救荒二物考』(1836)によると、信州のジャガイモは明和年間(1764〜72)甲斐国から伝えられた。甲州における幕府の代官中井清太夫がその栽培を奨励したために、ジャガイモを「清太夫芋」と呼んでいる地域がある。この甲州から信濃・飛騨・上野・武蔵などへ伝幡された。(略)
日本へジャガイモ(馬鈴薯)がもたらされたのは、慶長八年(1603)で、当時オランダ領であったジャワから伝わったことからジャガタライモ・ジャガイモと呼ばれるようになった。一方寛政年間(1789〜1800)にロシア人によって北海道にジャガイモが伝えられている。南米のアンデス山地の原産であるジャガイモの日本への導入は、北と南のルートで我が国に導入されたが、遠山郷など信州の伝播は南回りであった。]と記述。
 ジャガイモは我が家でも作ってましたが、ほったらかしでも育つので手間のいらない作物でしょう。でも連作ができない欠点もあったり。
 百科事典ウィキペディアに「痩せた土壌でも栽培しやすく、ビタミンやデンプンが豊富に含まれている上に、茹でる等の簡単な調理で食べられ、加熱してもビタミンが壊れにくいジャガイモは、江戸時代に幾度となく発生した飢饉の際に、サツマイモと同じく主食である米等の穀物の代用品として食べられ、ジャガイモによって飢餓から救われたという記録が残っている。このために「お助けイモ」と呼ばれた事がある。」とあります。
 昔、料理をほとんどしない父が私のために初めて作ってくれたジャガイモの味噌汁がおいしくて「すごいおいしいね」と言ったら喜んでいたことをふと思い出しました。痩せた大地の多い満州では「ジャガイモが毎日の食事だった」と言っていたことも。
引用参考文献:市川健夫著「信州学大全」655p信濃毎日新聞社

この記事へのコメント
Re:ジャガイモ by モリノブ

 二度芋も暮らしの智恵なのですね。ジャガイモの話を読んでいて、子どもの頃に、塩をつけてふかしたジャガイモを食べた記憶が蘇りました。芋はすぐにお腹がいっぱいになるので、少し苦手でしたが、贅沢ですね。

モリノブ様Re:ジャガイモ by 内藤

先生、コメントいつもありがとうございます。
塩をつけて食べるジャガイモはおいしいですね。
ジャガイモは人それぞれに思い出をつくる作物なのかもしれません。自分が親になって子供に何か作ってあげられるものがないので、最近ちょっと料理も少しおぼえようかななんて思っています。

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