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2007年12月19日 一茶の生涯4

 滋賀県大津市膳所(ぜぜ)にある義仲寺。この寺には木曽義仲公の墓があることで知られています。それより松尾芭蕉の墓があることのほうが有名かもしれません。
 芭蕉を尊敬していた小林一茶は、ここを2回にわたり訪れていて最初は33歳(1795年10月)、2回目は35歳の時に義仲寺で催される芭蕉忌に参加しています。2回目は前年に四国に渡ったのでその帰りだったのでしょう。
一茶「義仲寺へいそぎ候(そうろう)はつしぐれ」−−大津(1795年)にて
義仲寺の案内
http://www.biwako-visitors.jp/search/spot.php?id=410

20071219-1.jpg

 木曽義仲は長野県の生んだ偉人のひとりですが、京都での振る舞いが原因と見られ一般的にあまり評判がよくありません。芭蕉(51歳没)は晩年に義仲寺が荒れているのを悲しく思い、自ら墓守を買って出て句会を催していました。
 今では「芭蕉忌」は冬の季語にさえなっています。
現代俳句データベース
http://www.haiku-data.jp/kigo_list.php?season_cd=4#ha
芭蕉辞世の句「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」
 たぶん征夷大将軍がこの扱いではあまりにもかわいそうだと思ったのではないでしょうか。自ら遺言で義仲公の隣に埋葬してほしいと懇願したそうですから熱烈な義仲ファンだったのだと思います。
 私も義仲ファンで木曽義仲史学会(本部:木曽町日義)に入り、義仲公の名誉を少しでも回復しようと活動しています。何かの機会に義仲公シリーズを掲載したいと思います。
 ちなみにこの史学会第7号「史学義仲」に、なぜ芭蕉が墓所を義仲公の隣にしたのかに迫る論文(丸山氏)が掲載されています。
松尾芭蕉の晩年と墓所義仲寺について興味のある方は下記サイトへ
http://www.bashouan.com/psBashou_spc.htm
参考文献:矢羽勝幸監修「一茶の生涯と文学」一茶記念館

この記事へのコメント
Re:一茶の生涯4 by モリノブ

 大津はときどき行くのですが、膳所にあるこの義仲寺は知りませんでした。機会あれば行ってみます。木曽義仲もそうですが、歴史は疑ってかかった方がいいことも多いですね。
 悪く言われる人のほうが、案外いい人だったりしますね。
 一茶の句は分りやすくて、しかも絵柄、風景が浮かんできます。

モリノブ様Re:一茶の生涯4 by 内藤

毎年、木曽義仲に関する旧跡巡りをしています。義経や頼朝以上に義仲に関する名所や旧跡は多いような気がします。
義仲寺は駐車場がないので受付の人に聞きましたら「出入口付近の門前に止めてください」と言われました。この付近は昔の街道沿いで風情がありますが、ちょっとせわしないかもしれません。

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