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2007年12月22日 一茶の生涯6

 兵庫県神戸港にあるポートアイランドのホテル(2005/8/1撮影)から。眺めていますと遠くですが、クレーンに圧倒されそうです。ここは人工島とか、一茶が見たら驚いて俳句にしていたでしょう。
ポートアイランド壁紙集
http://kobe-mari.maxs.jp/kobeport/portisland.htm

20071222-1.jpg

 四国に渡った影響でしょうか、文献(一茶ゆかりの里)によると
「俳句の革新者正岡子規は、一茶を高く評価した。そのことを契機に、一茶研究は門人たちの手を離れ中央へと移り、資料の発掘や評論が積極的に行われ始めた。」と、また、正岡子規は、
「一茶の俳句を評す」より
「一茶の特色は、主として滑稽(こっけい)、風刺、慈愛の三点にあり。中にも滑稽は一茶の独壇に属し、しかも其軽妙なること俳句界数百年間、僅かに似たる者をだに見ず。」」と論評しています。
 1827年(文政10)一茶死去後、三回忌1829年「一茶発句集」、十七回忌1844年「あられぞら」、1848年「俳諧一茶発句集」、1852年「おらが春」が江戸時代に発刊されています。
 明治時代になり宮沢義喜・宮沢岩太郎編「俳人一茶」が正岡子規の校閲により出版、大正時代荻原井泉水(おぎわらいせんすい)によって「父の終焉日記」が初めて刊行されるなど多数の句集や日記が出版されています。
 この荻原井泉水によって一茶を誰もが知るようになったそうですから、江戸・明治時代まで俳句の好きな人以外にはあまり知られていなかったようです。亡くなった後に認められた俳人かもしれません。
 一茶の句碑は全国に二百基(H6)をこえたそうですから、今では誰からも愛されている俳人でしょう。
 「飛(とび)のいて烏笑うや雪礫(つぶて)」−−文政六年 
引用参考文献:矢羽勝幸監修(資料)「一茶ゆかりの里」54p、「長野第104号82の4一茶特集号」長野郷土史研究会機関誌、宮川洋一著「北信濃遊行」オフィスエム

この記事へのコメント
Re:一茶の生涯6 by モリノブ

 一茶の特色は滑稽,風刺,慈愛の三点にある。なるほどなあと思いました。 句を読むと、風景のイメージが浮かんでくるのが凄いですね。しかも動きまである映像のようです。
 何ともいえない呼吸です。

モリノブ様Re:一茶の生涯6 by 内藤

一茶の句には動植物が数多く登場します。
正岡子規が尊敬していたのには驚きました。晩年、四国旅行を回想していくつか句を残しています。一茶は江戸だけでなく関西にも足を伸ばしていたことは意外と知られていないように思えます。

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