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2008年01月04日 夫人の呼称

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 写真は2日に写した善光寺山門のようす。この辺、記念撮影にはとてもいいところです。

20080104-1.jpg

 正月にビデオの「必殺仕事人シリーズ」を見ていましたら妻のことを「御新造」(ごしんぞう)と言ってました。そういえば時代劇で何げなく使ってますが、御新造という言葉は今あまり使わないような。それでちょっと調べてみることに。
 百科事典ウィキペディアによれば
「貴人の正室への敬称としては、公卿などでは、北政所、将軍であれば、御台所、有力大名では御廉中、その他大名や旗本一般に広く見られたのは、「奥方さま」、「お屋敷さま」などである。ちなみに御家人の本妻は「御新造さま」などといった。」
 文献によると[夫人の呼称は旗本が「奥様」、御家人が「御新造」とされていたという」と記述。
 それに同ウィキペディアに
「北政所(きたのまんどころ)とは、天皇の宣旨により摂政や関白の正室に対して贈られた称号。」
「御台所(みだいどころ)とは大臣や将軍の正室の総称。江戸時代において、御台所は主に江戸幕府将軍の正室の呼称として用いられていた。」と記述。
 北政所はてっきり豊臣秀吉の正妻ねねのことを指すものとばかり思っていました。意外と思いこんでいるような、そう思っていることが多いような感じがします。
 考えてみれば自分の奥さんのことを人に紹介するときいろいろな表現がありますね。家内、奥さん、妻、女房、ワイフなどなど。
 私は前々から人に紹介するときは女房とか家内とか言ってました。さすがに時代劇のような奥方とは言いづらいですし。ただ女房というとちょっとぶっきらぼうなような気がして。この女房という表現は?
同ウィキペディアに
「女房(にょうぼう)とは、平安時代から江戸時代ごろまでの貴族社会において、朝廷や貴顕の人々に仕えた奥向きの女性使用人。女房の名称は仕える宮廷や貴族の邸宅で彼女らにあてがわれた専用の部屋に由来する。(略)平安中期以降の社会においては受領階級などの中級貴族の娘が出仕することが多く、そのため教養に優れていた。ひらがなの使用など国風文化に大きな影響を与えた。和歌や和文文学に優れた人物も多く、平安期から鎌倉期にかけてのこの階層の作者の手になるものを特に女房文学と呼ぶ。」と。
 昔「女房」と言われた人たちは身分が高かったようです。
 それにしても昔から使っている言葉の語源をたどると面白いものです。私だけかもしれませんが。
語源由来辞典
http://gogen-allguide.com/ni/nyoubou.html
引用参考文献:平井聖監修「図説江戸2 大名と旗本の暮らし」71p株式会社学習研究社

この記事へのコメント
Re:夫人の呼称 by ルン

夫人の呼称というタイトルを見て、最初は 「あ、ふだん奥さんに対する呼び方の事かな?」 と思いました。
‘北政所=ねね’ と言うのは、きっとほとんどの人がそう思っている事でしょうね。

ちなみに‘大政所’を調べてみると、この呼称は現在では、秀吉の母1人だけを指すコトバとの事でした。

Re:夫人の呼称 by モリノブ

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 善光寺山門雪景色いいですね。必殺仕掛人、私も大好きです。「おかみさん」村山聖が妻をそう呼んでいたのを思い出します。今も、弟子が「奥さん」と呼ぶのを聞くと、少し違和感がありますが、呼び名は難しいですね。

ルン様Re:夫人の呼称 by 内藤

秀吉が出世していくと奥さんの呼称まで代わっていくのですから面白いものです。
東京にいた頃、師匠の知人(明治生まれ)の方が奥さんのことを「さい」と言ってました。「さい」も昔、よく使ったそうです。
大政所参考になりました。

モリノブ様Re:夫人の呼称 by 内藤

こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。いつもコメントいただきまして恐縮です。
私は師匠の奥さんのことを「奥様」と呼んでいましたが考えてみれば旗本と一緒でした。江戸時代、身分によって姉、弟の呼称がそれぞれいろいろあったそうです。表現ひとつとっても意味合いが変わるので難しいです。

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