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2008年01月26日 領家

 長野市若穂川田にある領家交差点。市内には「領家」だけでなく「領家東」の字名も見られます。この交差点の角にコンビニがあってたまに立ち寄りますので昔から気になってました。市内在住の方でしたらよくご存じでしょう。でも気にしないと不思議なもので何も感じないかもしれませんが・・・。

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 この領家とは?
 百科事典ウィキペディアによると「領家(りょうけ)は、日本の荘園制において、荘園を開発した開発領主(かいほつりょうしゅ)から寄進を受けた荘園領主である。中央の有力貴族や有力寺社が荘園寄進を受けて領家となっていた。(略)領家は、開発領主を現地管理者として荘官に任命し、荘官を通じて、荘園からの収穫を年貢として徴収したり、荘園内の百姓(荘民)に労役を課したり(公事)して、自らの収入とした。(略)鎌倉時代には荘官が幕府から地頭に任じられる例も見られた。武士化した荘官は、次第に領家を軽視するようになり、領家の支配権は蚕食されていった。」と説明。
 どうも荘園と関係のありそうな地名です。
 文献(長野県の地名その由来)によると「これはかつて、この地に設定されていた荘園(しょうえん)の領主(「本所・領家」)と鎌倉時代の地頭とが土地の領有をめぐって争ったことから起こった地名と考えられるからです。(略)
「領家」についてですが、荘園の領主は普通、皇室関係、中央の大貴族、大寺社でしたから京都に居るのがごく普通のことでした。そして荘園の管理や徴収は、その土地の有力武士、あるいは家来を派遣して行わせていました。(略)
こうなると荘園領主は面倒なことになるのをおそれ、荘園の土地を折半、または二対一で地頭に分け与え、両者の領有権を確認し、以後勝手に手を出さないようにしてもらいたいとして紛争解決を計りました。このことを「下地中分(したじちゅうぶん)といっていますが、「下地」というのは土地のことですから、土地を分けるという意味です。」と記述。
 このような荘園分割の下地中分をおこなった土地の地名に領家、地頭、本所の字名が付けられることが多いとか。何げない交差点の地名に歴史を感じてしまいます。
 ちなみにネット(google)で「領家」の地名を検索してみたら徳島県阿南市、静岡県掛川市、埼玉県さいたま市・上尾市、香川県丸亀市、石川県志賀町、岡山県浅口市などなどたくさんありました。どこも背景は同じかもしれません。
引用参考文献:松崎岩夫著「長野県の地名その由来」490p信濃古代文化研究所、武光誠著「地名から歴史を読む方法」株式会社河出書房新社

この記事へのコメント
Re:領家 by モリノブ

 領家さんという将棋のお客さんがいます。でも地名なのですね。
 そういった過去の歴史の背景を知ると、よく残っているなあと思います。
 地名は必ず何らかの意味が含まれているのですね。
 

モリノブ様Re:領家 by 内藤

長野では領家というと鎌倉時代の開拓地という意味でも使われるそうです。でも領家と地頭が土地をめぐって戦ったなんて何か面白いですね。地頭が勢力を持ってきた頃から新田の開発、水路の掘削等が盛んになっていきます。住民にしてみればよかったのかもしれません。

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