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2008年02月02日 一茶の生涯8

一茶の墓がある俳諧(信濃町・2007/5/18撮影)寺のようす。一茶の銅像が見えます。
俳諧寺
http://park3.wakwak.com/~issakinenkan/main/03_syuhen.html#haikai

20080202-1.jpg

 一茶は生涯どのくらいの俳句を作っているのでしょうか。
 文献(一茶謎の俳諧歌)によると[小林一茶は生涯に約一万九千句の俳句を残している。芭蕉は約一千句、蕪村は約三千句、一茶の「生」がこもっているこの膨大な「量」にまず圧倒される。」と記述。
 また、文献(一茶の生涯と文学)に具体的な根拠が載っています。
文化1〜文化5年(一茶42歳〜46歳):2425句−文政句怐
文化7〜文化15年(一茶48歳〜56歳):7336句−七番日記
文政5〜文政8年(一茶60歳〜63歳):3651句−文政句怐
 これだけでも計13412句、すごいものです。名人にもなると上手に作ろうというより自然にできるのでしょうね。このほかに代表作「おらが春」や「九番日記」、「まん六の春」「九文」、詠草の「雪」や「すつぽんも」のほか書簡・短冊類などすごい量の作品がありますから2万句というのもわかります。ちなみに放浪の詩人、山頭火(本名:種田正一)は八万四千句(信濃路の山頭火より)とのこと。
 文政句怐、七番日記、文政句怐は、日記で一茶の行動、俳風がわかる貴重な資料となっています。この文献に月ごとの句数が載っていて40代の文政句怐では秋から冬の句が多く、晩年の文政句怐では夏に多いなど時期によっても違うようです。冬の時期は今と違って寒さが身にしみたでしょう。
 一茶は几帳面だったらしく、たとえば七番日記では文献(一茶の生涯と文学)によると「154枚からなり、上段に年月日、天候、行動や聞書きなどの日記を書き、下段にその月ごとの俳句・俳諧歌、また、知友の俳句などを書いています。」と。
 こまめに書いた日記、今でいえばブログですから今も昔も一緒ということでしょうか。書きたいという気持ちが・・・。
一茶「昼の蚊やだまりこくってうしろから」「やれ打な蠅が手をすり足をする」
引用参考文献:小林晃著「一茶謎の俳諧歌」6P信毎書籍出版センター、矢羽勝幸監修「一茶の生涯と文学」一茶記念館、滝澤忠義・春日愚良子・森貘郎・堤隆著「信濃路の山頭火」204P株式会社星雲社

この記事へのコメント
Re:一茶の生涯8 by モリノブ

 今で言う「ブログ俳句日記」かもしれませんね。それにしても凄い量の俳句です。一日中でないと追いつかないように思えます。
 三頭火は山頭火と思いますが、三頭火でもいいのですね。わけありでしょうか?

モリノブ様Re:一茶の生涯8 by 内藤

先生、ご指摘ありがとうございます。前にみた文献に三頭火とあったので三頭火と表示してしまいました。山頭火という納音のひとつを通称にしたようでしたので訂正します。すいません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E9%9F%B3
俳句って昨年あたりから面白いと感じるようになりました。

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