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2008年02月03日 一茶の生涯9

 写真は高山村にある「一茶ゆかりの里」展示館内の「離れ家」のようす(2007/12/19撮影)。夕陽のせいでしょうか、ちょっと哀愁が感じられます。この展示館には一茶ゆかりの遺墨、資料が多数展示されてて、特に「父の終焉日記」自筆草稿は一茶ファンにとって必見でしょう。
一茶ゆかりの里
http://members.stvnet.home.ne.jp/issakan/

20080202-2.jpg

 一茶は1812年(文化九年)永住を決意して故郷信濃町柏原へ帰りました。長野市周辺には多数の門人や支援者がいたことも帰郷の後押しをしたようです。
 高山村は群馬県(上州)つまり江戸への近道があり、また奥山田温泉や高山温泉があったためか一茶はたびたび訪れています。それに、この「一茶ゆかりの里」の裏側に門人で支援者たる久保田春耕(大地主)がいたこともあるでしょう。写真は一茶が173日も逗留したという久保田春耕の「離れ家」、平成8年に移築復元されました。
 一茶は人一倍勉強家でしたが、意外と知られていないような気がします。
 この展示館には一茶の「筆記(俳諧寺抄録)上・下」が展示されています。
 文献(一茶ゆかりの里)によると「文政六年から文政九年までに筆録した自筆書留めである。荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)によって『筆記』と名付けられたこの冊子は、現在は『俳諧寺抄録』の名で一般に知られている。内容の大部分は古典の抄録で、『八雲御抄』(やくもごしょう)『万葉集』『古事記』のほか「神楽歌」「催馬楽」(さいばら)などの古代歌謡をはじめ、近世の国学書、古典注釈書等々、約百点に近い古今の書物からの抄録、引用であり、一茶の広い学識や、年をとっても衰えを知らない旺盛な知識欲のほどが知られる貴重な資料である。」と記述。
 上記で例示してあるほかに下記のものも引用されていて感嘆するほどの量。
「古今集」「古語拾遺」「日本紀竟宴歌」「神武記」「古今」「新勅撰」「新続古今集」「新葉和歌集」「新拾遺和歌集」「四声字林」「宣長古事伝」などなど。
 これだけの書物を読破したそうですからただの俳人ではありません。ちなみに当時は書物が簡単に手に入らない時代なので支援者に借りて読んだそうですが、一茶のことですからちょっと気兼ねしたでしょうね。
一茶「耕やさずして喰うことの後ろたさ」
一茶「叱れて膝を枕の小猿かな」
引用文献:矢羽勝幸資料監修「一茶ゆかりの里」38〜41P一茶ゆかりの里

この記事へのコメント
Re:一茶の生涯9 by モリノブ

 思わず引き込まれそうな写真ですね。
 耕やさずして喰うことの後ろたさ
いい句で、同じ思いです。素直な句で、なるほどなあと思います。一茶はすごく魅力的な人ですね。

モリノブ様Re:一茶の生涯9 by 内藤

一茶は江戸に出てから田舎出身だということを恥じず、公然と人に言っていました。それは偉いなと思います。それに農作業は子供の頃以外、一切しませんでしたが、たいへんさはよく理解していたようでした。

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