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2008年02月16日 一茶の生涯19

 飯綱町牟礼(むれ)方面(2008/2/12撮影)のようす。信濃町を過ぎた辺りで一茶もこの景色よく見たことでしょう。

20080216-1.jpg

 今回は相撲の句。文献(長野第70号)によると

「負角力其子の親も見ているか」(寛政4年)
寛政4年といえば、一茶数え年三十歳のときで、江戸相撲は、谷風・小野川両横綱に、信州出身の強豪雷電を加えたいわゆる寛政三大力士が活躍した最盛期であるが、一茶の相撲俳句は、大相撲・本場所などに関するものは少なく、宮相撲・草相撲など田舎相撲を対象にしたものが、その大部分を占めている。この句は、子供相撲の土俵で負けたところを、親に見られたのではないかという、負けた子供にとってはあまり嬉しくない場面であり、(略)

 筆者(中村倭夫氏)によると相撲に関する句は110ほどとか。当時は娯楽が少なかったので、相撲好きな人が多かったのでしょう。
 中村倭夫氏の著書(信州力士江戸時代編・明治大正編・昭和初期編三分冊)を前に読みましたが、こんなすばらしい力士(長野県出身)がいたのかと唸るほど。次は相撲シリーズでもやってみようかと。他県の人にとってはいい迷惑でしょうけど。
 上記の季語はふとなんだろうと思いました。この季語は角力(すもう)だそうで、これは「秋祭りのときなどに行われる宮相撲・草相撲を句材にしたものが多いため」(同文献)とされているようです。
一茶「勝たぬふりして山を見る角力哉」
 金銭や相撲のように特定の分野に絞って句を選び出し、一茶を語るのも興味深い研究です。私も不動産に関する句を選別してみようかといろいろ一茶の句集を読んでみましたが見つかりませんでした。そこで、文献よりちょっと変わった句を選び出してみたので参考までに。
<洪水>
「洪水の尺とる門(かど)よ秋の風」
「助船(すけぶね)に親子を(お)ちあふて星むかひ(へ)」
「洪水やかはほり下(さが)る渡し綱」
<狂言>
「出る月や壬生狂言(みぶきょうげん)の指の先」
※壬生狂言−京都壬生寺の民族芸能
<歯磨き>
朝霜や歯磨売ときらず売
※きらず売−豆腐のしぼりかす。おから。
この時代も歯磨きしていたのでしょうか。
<月食>
「欠際(かけぎは)のいさぎよいのも名月ぞ」
 月蝕(月食)は満月の日におこるそうです。一茶晩年の文政二年八月十五日は皆既月蝕で一茶は長野市長沼でこれを見て26句(文政二年・1819年)作っています。よほど驚いたと見えて。
引用参考文献:
「長野NO.70 一茶特集号」CD版28〜31p長野郷土史研究会機関誌(昭和51年11月発行)、校注者丸山一彦「新訂一茶俳句集」株式会社岩波書店、校注者小林計一郎・丸山一彦・宮脇昌三・矢羽勝幸「一茶全集/第一巻」信濃毎日新聞社

この記事へのコメント
Re:一茶の生涯19 by ルン

「負角力其子の親も見ているか」

一茶の優しさが心に染みる一句です。

ルン様Re:一茶の生涯19 by 内藤

江戸時代、草相撲が盛んだったようです。あちこちで力自慢たちが競ったようで。一茶は負け力士のことをたくさん詠んでいます。勝ち力士よりも興味があったのは一茶の性格でしょうか。

Re:一茶の生涯19 by モリノブ

 谷風、雷電、子どもの頃に聞いたことがある横綱です。一茶の句は負け力士に目が向いているみたいで、何となくわかります。
 負け将棋 誰にも見られず 投了す
でしょうか。
 

モリノブ様Re:一茶の生涯19 by 内藤

一茶は負け力士の表現がうまいなと感じました。題材としたら負けたほうが本音がでるからでしょうか。
先生の句、気持ちが痛いほどわかります。私のように負けてばかりだとやる気も失せますが。

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