社長ブログ

ブログ内検索

2008年03月07日 百姓一揆

 先日、ねんきん特別便がきて年金加入記録照会票を見ましたら、加入記録に訂正があるのでびっくり。テレビで放映されていたことが自分自身に当てはまってました。
 どういう理由なのかわかりませんが、もしかしたら名前(武美)から女性と間違われたのかもしれません。たしかにいままで何回かありました。高三のとき、化粧品や振り袖のカタログが送られてきたり、病院や役所で何回か間違われましたし。慣れっこですが。
 江戸時代でしたら、話が違うといって奉行所に訴えても全く話を聞いてくれなかったでしょう。

20080307-1.jpg

 写真は安曇野市にある貞享義民記念館。百姓一揆を扱った珍しい?記念館です。
 安曇野市三郷・堀金地域には、江戸時代百姓一揆で有名な事件があります。
 それは「貞享騒動」や「加助騒動」と言われるもので。
 百科事典ウィキペディアによると
「貞享騒動(じょうきょうそうどう)とは、1686年(貞享3年)に信濃国松本藩で発生した百姓一揆である。(略)
1686年の作柄は、例年と比べて不作であったが、松本藩は年貢1俵あたりの容量を3斗から3斗5升に引き上げる決定を行った(1斗=18.039リットル、1升=1.8039リットルに換算)。周辺藩の基準は1俵あたり2斗5升であり、1.4倍以上(軽度の脱穀作業も求められたため)という著しい増税状態となった。
安曇郡長尾組(組は藩領を分割する大単位、現在の長野県安曇野市三郷・堀金地域)の名主、多田加助(嘉助)を中心とした農民は、1俵あたり2斗5升への減免を求める訴状を松本藩へ提出。騒ぎは各組に伝わると、10月14日、1万とも伝えられる農民が松本城大手門前へ押し寄せる騒ぎとなった。
当時の藩主、水野忠直は、参勤交代のため不在であった。事態を重く見た城代家老は、早々に騒動を収集するべく、多田加助ら農民側の要求をのむとして引き取らせる一方、江戸表の藩主に早馬で注進。藩主の裁可を得た上で年貢の減免要求を反故にし、同月20日、関係者の捕縛に臨んだ。最終的には11月22日、多田とその一族、同志ら28人は磔、獄門などの極刑に処された。(略)」

 1万人が松本城に押し寄せたというのですから。松本城藩主の水野家は徳川家康の母の実家。こんな騒動があってもお取り潰しには遭わなかったのでしょう。
 でも2斗5升といっても何かイメージがわきません。
 一俵(60kg)あたり2斗5升(=25升=37.5kg)というと税金は62.5%、これを3斗5升(=35升=52.5kg)=87.5%にまで引き上げるのですから農民が怒って一揆になったのも仕方ありません。(87.5%÷62.5%=1.4倍)
 小学生の頃、たしか「四公六民」と習っていたような。
 時は徳川五代将軍綱吉(1646〜1709年)の時代、あの有名な「生類憐みの令」で農民はさらに苦しめられていたでしょうね。今の時代でよかったかも。
貞享義民記念館
http://www.anc-tv.ne.jp/~gimin/

この記事へのコメント
Re:百姓一揆 by モリノブ

 内藤さんのお名前は女性と間違われることも多いでしょうね。
 百姓一揆は不作のときに起きることが多い?今よりも切実、深刻な背景で、身につまされます。

Re:百姓一揆 by 内藤

将棋の山田道美氏の影響でしょうか、たけよしとも呼ばれます。昔、ゴルゴ13の漫画で同じ名前の女の子がでてきたのはショックでした。でも数少ないので気に入っています。長野県は全国で1番百姓一揆の数が多かったそうです。農民が多かった影響もあると思います。

書き込んでいただいたコメントは、管理者の確認後に公開させていただきますので、ご了承下さい。

お名前
E-MAIL(非公開)
URL
タイトル
コメント
  投稿キー    [キー入力]
 
迷惑書き込み防止のために投稿キーを設定しています。
投稿キーはx81qです。上記の「投稿キー」にご記入下さい。