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2008年03月14日 アルプスの鉱山

 青木湖からさらに北上し、白馬村で写したスキー場。白馬村にはスキー場が多いですね。白馬八方尾根、ウインタースポーツパーク、白馬五竜、白馬みねかた、白馬ハイランドスノーパークスキ−場。スキー客にしてみればどこで滑ろうか迷うくらい。

20080314-1.jpg

 北アルプスには、昔鉱山があったことで知られています。
 ただ、どの鉱山も鉱物の含有率が低かったり、薄い鉱脈だったりと採掘はあまり長続きしなかったようです。それに高地であったことも影響したのでしょう。
 文献(北アルプス白馬連峰)によると[白馬岳から北へ二つ目の山、雪倉岳の中腹には、銀の鉱脈があり、かなり古くから採掘が行われていたようで、正保の絵図にも「れんげ山銀山有」と付記されている。(略)糸魚川地方には古くから上杉謙信によって採掘されたという伝説が伝わっている。(略)
明治三十年代の後半、ちょうど日本の近代登山の黎明期と時を同じくして、白馬岳の大雪渓の付近から銅の鉱脈が発見され、採鉱が盛んに行われた。(略)」と記述。

 そういえば約8年ほど前、新聞に白馬村の水田からカドミウムが検出されたニュースが掲載されてました。これは北アルプスが影響しているのではないかという専門家のコメントがあって当時、アルプスの神秘さを感じたものです。
 それに同文献に「鑓(やり)ケ岳の裏、富山側には、黄褐色を帯び草木も生い茂らない異様な感じのする小山があり、縦走路からも近くに見え、ほかの山とは一風変わった存在である。この山は”朱殿坊”と呼び、そばに近づいて見ると野ウサギや小鳥の死がいが転がっていて、異様な硫化水素の臭いが鼻をつく。岩石は黄褐色をし、ところどころに硫黄の結晶が見られる。(略)
江戸時代から明治の中期まで、硫黄は、マッチ(早つけ木)の出回る以前、つけ木用として、残り火から火種を起こすにはなくてはならないものだった。板を細かく割り、その先に溶かした硫黄を付けるだけの簡単なものだが、どこの家にも必要なものだったので、需要が多かった。そこで硫黄とりは、いい作間稼ぎになり、硫黄のとれるムラでは、だれかがその採掘権を藩から許可してもらい、運上金を差し上げていたようだ。] と記述。
 以前のブログ(2006/3/15鉱山)で硫黄のことを下記のように書きました。
「8世紀の『続日本紀』には、信濃国(須坂市米子鉱山)から朝廷へ硫黄の献上があったことが記されている。鉄砲の伝来により、火薬の材料として中世以降、日本各地の硫黄鉱山開発が活発になった。」(百科事典ウィキペディアより)
http://www.naito-kantei.jp/blog/page.php?_id=74
 硫黄は生活必需品だったようです。でも献上品で運ぶ人も匂いで困ったでしょうね。
 我が家の灯油ストーブの一つはいまだにマッチでつけるもの。つけたときの煙と匂いが気になりますが、捨てるのももったいなくて何年も使っています。電気で点火するほかの灯油ストーブは壊れたり、使わなくなってしまったせいもあります。マッチでつけるのもアナログ的でなかなかなものでしょう。
引用参考文献:長沢武著「北アルプス白馬連峰 その歴史と民族」46p,57p,58p株式会社郷土出版社

この記事へのコメント
Re:アルプスの鉱山 by モリノブ

 我が家では今は、ガスストーブとエアコンですが、以前は灯油でした。電池式だったのですが、面倒で何故かマッチを使ってシンに直接点火していました。硫黄は貴重だったのですね。金銀というと将棋の駒みたいで、昔の将棋の駒には銅将もあったのです。

モリノブ様Re:アルプスの鉱山 by 内藤

最近、オール電化の一戸建住宅、マンションが増えました。都会のマンションはオール電化でないと売行きも悪いそうです。
子供に聞いたらマッチをすったことがない子が大半とのこと。マッチの代わりにチャッカマンでつける家が多いそうで。何でも便利になりました。
将棋の駒に銅もあったなんて驚きです。アルプスの銅も価格が暴落したので採掘しなくなったそうです。

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