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2008年04月16日 信濃力士伝10

信州国際音楽村すいせん祭りのようす。きれいで思わずパチリ。
http://www.ongakumura.or.jp/
 ここは上田市生田にありますが、近くを流れる依田川の対岸は雷電の修業場所である上田市(旧丸子町)長瀬地区。雷電はこの辺で春の風景を楽しんだことでしょう。

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 雷電はお酒が非常に強かったようです。
 文献「雷電為右衛門(上)」に[大酒と大めしは、力士の逸話の中には必ず出てくる。雷電と酒の逸話で、もっとも有名なのは、もう少しあとの享和二年(1802)の六月、長崎へ巡業した折に、陳景山という中国の学者から、挑戦を受けて”飲みくらべ”行ったときのものだ。景山は”李白の再来”を自認する酒豪で、その頃長崎に逗留中であった。雷電の痛快な飲みっぷりを見るか聞くかして、「ゆっくり腰を据えて、飲みくらべをしたい」と申し込んだのを、雷電が応じてはじまった。(略)
金主がいて、通訳がいて、芸者もはべっての、楽しい雰囲気の酒戦と思われる。一斗樽(約18リットル)をそれぞれ二人の傍らに置き、同じ大きさの盃を用意しておけばことがすむ。
 飲むほどに酔うほどに、先に伸びたのは景山のほうであった。そのとき二人とも、樽をほとんど空にしていた。少しもの足りないと五升ほど追加注文して、さらにグーッと煽(あお)った雷電は、景山に風邪を引かないような気くばりをして、「あしたは相撲、また朝が早うござんすから・・・・」と、一座の衆にあいさつをして、足許も乱れず石畳の道を、自分の宿まで帰って行ったという。翌朝、目を覚ました景山は、負けたくやしさより、自分より強い男への敬意で、自筆の絵と書と、そして支那カバンを贈った。]と記述。
 一斗樽といったらパーティー・結婚式など様々なお祝いで鏡開きにかかせない一品、一人で一斗五升=一升瓶15本も飲むなんて豪快ですね。それに終わったあとの気配り、なかなかできないことでしょう。
 大酒飲みがいいわけではありませんが、私のようにお酒一合で十分なものにとってはうらやましい限り。
 雷電の父親もすごい酒豪だったとか、雷電家では強いのが当たり前だったのでしょう。でも奥さんはたいへんだったかもしれません。
 東京にいる頃、落語が好きで何回か通いました。ある落語家が関取と一緒にお寿司屋さんにいった話しを今でも思い出します。お酒はおちょこだとめんどくさいので大きなコップで日本酒を、お寿司は握り1貫でなく2,3貫を一気に口に入れる話をしてました。
 ペースが早く財布が心配で、連れて行った本人(落語家)が満足に食べられなかったとか。でもそれを笑いにしてしまうところはさすがです。
引用参考文献:小島貞二著「雷電為右衛門(上)」187p,188p,223p學藝書林

この記事へのコメント
Re:信濃力士伝10 by モリノブ

 お酒の飲み比べの話は豪快ですね。私も内藤さんと同じくらいですが、やはり飲んだ後の酔い方が大事ですね。
 雷電という人は、今ならまさにスーパーヒーローですね。

モリノブ様Re:信濃力士伝10 by 内藤

景山が贈ったという自筆の絵と書と、そして支那カバンは今でも現存するそうです。大酒飲みコンテストではこれより上回る記録があるそうですが、雷電には限界がわからなかったようです。当時の世相からいって強い力士だからこそ大酒飲みが許されたのかもしれません。

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