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2008年09月26日 地積測量図の歴史(上)

 信濃町大井地区から見る田園風景。この水田からとれる米はおいしそう。

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 検索キーワード15位が残地測量。地積測量図は、作成された年代によって精度が大きく異なっています。どの時期のものがどういう精度なのかを知っているとちょっとしたときに役立つかもしれません。
 そこで、2回に分けてその辺を話題に。
 文献によると、
「(1)昭和30年代後半から昭和53年ころに作成された地積測量図
 この年代に作成された地積測量図は,現地の測量をしないまま公図上に分割線を引き,スケール読みの三斜求積により作成されたものも少なくなく,また,求積部分は測量されていても境界立会いがされていないものや,残地部分については測量されずに描かれているものが多くある。したがって、現地と一致しないものもあれば,同一人が作成したにもかかわらず,隣接地測量図の辺長と一致しないものや,関連する地積測量図相互の辺長が全部相違するものもある。省略
(2)昭和53年から平成5年ころまでに作成された地積測量図
 昭和52年10月に旧不動産登記法施行細則が改正され、地積測量により設置あるいは確認した境界標がある場合は,これを地積測量図に明示することが義務づけられた(昭和52年省令54号による一部改正後の旧細則42条ノ4第2項)。しかし,境界標のない場合には,常に,近傍の恒久的地物との位置関係を表示すべきとされていなかったため,現地特定機能としては不十分であったといわざるを得ない。この時期、測量に光波測距儀が用いられるようになり,以前の地積測量図に比べると精度は向上しているが,中にはまだ残地部分が測量されていないと認められるものも見受けられるので,残地部分については注意を要する。」と記述。詳細は文献をご参考に。

 上記(1)を補足しますと、昭和35年に土地台帳法が廃止(昭和35年3月31日法律第14号「不動産登記法の一部を改正する等の法律」)され、不動産の表示登記が新たに創設されました。したがって、制度的に昭和35年以前に地積測量図が提出されていることはありえないんですね。ただ、経験上、昭和30年後半ですと地域によっては提出されてたり、なかったり。期待しないで法務局に行って、あったときはうれしくて。精度は別として。
 それにある山間別荘地で昭和40年代後半なのに地積測量図がなくて不思議に思ったことがあります。そのうち地積測量図のデータベース化が実現するでしょうね。
 (1)(2)の時期のものは、残地部分の測量してないことが多いので注意が必要です。
 例えば下記のように100番の土地を分筆して100番1と100番2にしたとします。100番2は地積測量図が作成されますので実際に測量した面積(実測500)が表示されますが、残地の100番1の土地は単に引き算(1000屐500屐砲凌値が登記上の記載されているだけですので実体のない幽霊のような土地に。
100番の土地は登記上1000屬任垢、実測したら500屬靴ない場合
100番1 登記上500屐⊆詑0
100番2 登記上500屐⊆詑500

 境界立会いがない、公図にただ単に線を引くような分筆のことを机上分筆といい、昭和50年以前にはよくあったと言われていますから今の感覚では信じられませんけど。
引用参考文献:中村隆/中込敏久監修・荒堀稔穂編集代表「筆界特定制度一問一答と事例解説」178p,179p日本加除出版株式会社

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