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2010年04月22日 ヒスイの衰退

 小滝川(糸魚川市)下流付近のようす。
 小滝川硬玉産地は、国の天然記念物に指定(下記サイト参照)されています。それに県立公園(白馬山麓県立自然公園・1957年指定)にも指定されていますから、河原でヒスイを拾って持ち帰ることはできません。
国指定文化財等データベース(史跡名勝天然記念物参照)
http://www.bunka.go.jp/bsys/index.asp

20100421-1.jpg

 糸魚川市には、JAひすい、Aコープひすい、ひすい食堂、ひすいの湯など”ひすい”の文字が入った店が多くて驚きました。思わず”農協までヒスイか”と。
 食堂に入ったら”ひすいラーメン”がメニューに。塩ラーメンはあまり好きではないので、注文はしませんでしたが・・・。
 ネットで見ましたら菓子類には、「ひすいまんじゅう」「ひすい餅」のほか「奴奈川姫」「勾玉物語」と御当地らしいネーミングが多く見受けられました。ひすいまんじゅうは、見ていませんがきっと緑色しているのでしょう。

 文献(糸魚川市1)に「古墳時代になると、死者と共に、ヒスイの玉も棺に納められた。(略)海の向かう、南鮮の金冠塚は、新羅(しらぎ)の王墓であるが、そこから出土の黄金冠には、ヒスイの勾玉が五七個と、大量に飾られている。ヒスイ色と黄金色とが、たがいにはえて、世界の驚異といわれるほどの、美的/効果を出している。」とあります。

 デジタル大辞泉の解説によると
「きんかん‐づか【金冠塚】 韓国、慶州市にある新羅(しらぎ)時代の古噴の一。積石塚で、5世紀末ごろの造営。木棺内から黄金製の冠など、豪華な装身具が多数発見された。クムグヮンチョン。」(出典:小学館)

 世界の驚異という表現に市史執筆者の力の入れようが感じられます。
 しかし、ヒスイや勾玉は七世紀末頃に衰退してしまいます。理由はよくわかっていません。時代を経るごとに作品は、大きな珠から小さな珠へと移行していますから次第に採れなくなったのでしょう。何百年も採り続けていたら仕方ないかも。
 大雨後に長野県小谷村姫川(小滝川は姫川の支流)の河原では、今でもたまにヒスイが見つかることがあるそうです。採り尽くす前に止めてしまってよかったのかも。今となってみれば。
文献:糸魚川市役所編「糸魚川市史1」219p

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