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2010年08月31日 軽井沢の地名

長野市信更町田沢の軽井沢から。花は咲いてませんが段々畑がいい感じでしょう。

20100831-1.jpg

長野県や全国には軽井沢の地名が数多く見られます。
例:上田市真田町傍陽(さなだまちそえひ)の入軽井沢
軽井沢・歴史散歩(ブログ2009.11.28)
http://k-history.seesaa.net/article/134137876.html
 須坂市にもある(下記文献に紹介)ようで、冊子「須坂市の地名」という字名・小地名一覧表を丹念に見ましたがありませんでした。

 本日は”軽井沢”の地名の由来がテーマ。
 文献(長野県の地名 その由来)によると「『軽井沢』の由来は、本来、沢には水があるべきなのに、ここの沢は水が浸透する涸れた沢、すなわち『涸(か)れ井(い・水)沢』になっているところから、これに由来するとみてよいと考えられます。」と説明しています。
 また、この文献では、作者が小海町(こうみまち)にある”一の軽井沢〜十二の軽井沢”地区を現地調査して水がよく浸透する所、かつ、涸(か)れた沢が多いことを実証しています。
 私は、仕事柄、この文献は常に手元に置いて辞書のように引いています。地名の意味を知って地域がよりわかったこともありました。この文献によると長野県に多い”唐沢”も涸れた沢を意味しているそうです。
 他の文献(大日本地名辞書第5巻)も軽井沢を「蓋水源枯渇の渓頭の謂(いわれ)」と説明し、涸れた渓流のように説明しています。明治時代に活躍し、地名の巨人と言われた吉田東吾が涸れた沢と主張していますから反論しにくいでしょうか。
吉田東吾(百科事典ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%9D%B1%E4%BC%8D
 しかし、文献(民族地名語彙事典 上)によると「柳田国男は、中古の俗語でカルウ(背負う)の義で、峠に近い所にこの地名が多いから、荷を小分けして、背中に負うて越える谷沢で、カルヒ沢とした。」とあります。実際、荷を背負う道具「軽篭(かるかご)」、人を「軽子(かるこ)」と呼ぶとし、この考えの上に立って説明しています。
 柳田国男は民俗学の巨匠ですから、こちらの考えも捨てがたい。
 結論として同文献(民族地名語彙事典 上)の解説では、柳田国男説に否定的で、他の地名(佐賀県神埼郡三瀬村軽井谷)を例に出して”水の涸れやすい谷沢の意”と説明しています。
 どうも涸れ沢説が最も有力なようです。
 でも今、軽井沢と言ったら避暑地のイメージしかありませんね。
<引用・参考文献>
松崎岩夫著「長野県の地名 その由来」184p,185p信濃古代文化研究所
吉田東吾著「増補大日本地名辞書第5巻,797p,合資会社冨士房
柳田國男著「柳田國男全集7」(地名その他)筑摩書房
谷川健一編「民族と地名機〔餌加鰐掌贏短典 上」249p,250p三一書房
須坂市教育委員会「須坂市の地名」平成10年度改訂版

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