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2011年09月06日 道路元標2

 長野市善光寺入口付近にある道路元標(矢印の所)。善光寺をよく通ってもこの存在に大半の人は気づかないと思います。私も最近まで知りませんでした。
長野県の元標位置
http://901.st/901dg/20ngn/pref.html

20110906-1.jpg

 大正時代は道路元標ですが、明治時代は里程元標(りていげんぴょう)がありました。
百科事典ウィキペディア(道路元標)によると
”日本では1873年(明治6年)12月20日政府は 太政官日誌により各府県ごと「里程元標(りていげんぴょう)」を設け陸地の道程(みちのり)の調査を命じている。1911年(明治44年)に現在の日本橋が架けられたとき「東京市道路元標」が設置され、1919年(大正8年)の旧道路法では各市町村に一個ずつ道路元標を設置することとされていた。”
大阪市 里程元標(りていげんぴょう)跡
http://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000009634.html
 下記サイトによると登山道にも元標がありました。
道路元標こぼれ話その3
http://explorer.road.jp/gempyou/column03.html

 下記サイトに
「道路元標の様式は大正11年の内務省令に「石材その他の耐久性材料を使用」し、「○○市町村元標」と記載する旨や、寸法、設置場所などについて規定されています。」とあります。道路元標は材質、文字、寸法(高さ60cm、縦横25cmの石柱)、設置場所が決まっていたようです。細かく規定するところは今も昔も一緒のような。
新潟国道事務所
http://www.hrr.mlit.go.jp/niikoku/oshiete/kokudo4.html
 
 江戸時代、一里塚(いちりづか)が置かれたように明治、大正時代も同じような目印が必要だったのでしょう。
 全国の道路元標の位置を知りたいかたは下記サイトをご覧ください。地図付きで感激の世界が広がります。”こんな所にあった”のような。
道路元標が行く
http://901.st/901dg/index.html

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