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2012年05月25日 先輩の死

 写真は、長野市信更町下平にある慰霊碑付近の犀川(さいがわ)および笹平(ささだいら)ダム湖のようす。写真の左側に新大安寺(しんだいあんじ)橋が写っています。
 1985(昭和60)年1月28日、スキーバスが旧大安寺橋付近から6m下のダム湖に転落して大学生22名、教員1名、運転手2名の25人が亡くなりました。
 本人や遺族の方はさぞ無念だったことと思います。
 私は、この近くを通るたびに慰霊碑にお参りして、この風景を眺めます。浮きだった心を静め、沈み込んだ心を回復させてくれるような気がしています。

20120525-1.jpg

 先日(20日)、大学クラブ(将棋部)の先輩が亡くなった旨の連絡を家族から受け、絶句。あまりに突然で号泣してしまいました。
 先輩は、生前”俺が死んだら同級のO氏に連絡してくれ。O氏だったら弔電でヤクザみたいな名前の紫龍会(しりゅうかい)将棋部で弔電を打ってくれるはず”と言っていたそうです。
 葬儀は先輩らしく家族葬と聞き、弔問に行けませんでしたので、せめて弔電を打つことを許していただき、家族宛へ思い出を綴った手紙も出しました。

 ふと、吉村昭氏の小説「冬の鷹」を思い出しました。前野良沢と杉田玄白を対比して描いた小説ですが、前野良沢は実質的にターヘルアナトミア(解体新書)を訳したにもかかわらず、訳者名からはずれてしまいました。それは良沢本人が望んだことでありました。
 晩年、次々と家族(息子・妻)が亡くなり、本人も寂しく亡くなりました。弔問に玄白も含め訪れる人がほとんどいなかったそうです(冬の鷹)。
 一方、玄白は対照的に輝かしい業績を残し、蘭方医(らんぽうい)として最高に出世(将軍に拝謁)して亡くなり、葬儀が超盛大におこなわれました。
 作者は良沢の人生のほうに共感を覚えています。
 それに作者は、生前”葬儀は質素に密葬で”と遺言していたそうです。
 今日は沈み込んだブログで失礼しました。

<笹平ダム>
http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranA/All.cgi?db4=1004
<犀川スキーバス転落事故>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%80%E5%B7%9D%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%82%B9%E8%BB%A2%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85 
<重大バス事故の歴史>
http://blogs.yahoo.co.jp/takeshihayate/14429335.html
<参考文献>
吉村昭「冬の鷹」新潮文庫、津村節子「紅梅」文藝春秋

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