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2012年06月18日 針田・治田

飯綱町芋川の水田地帯。思わず車を止めて。

20120617-1.jpg

先日、下記サイトを見ていましたら変わった田を見つけました。
・救急田(きゅうきゅうでん):平安時代、諸国に設置して飢饉の救助にあてた田
・勧学田(かんがくでん):平安時代、学問奨励のため、大学寮・勧学院などに付属させて、諸学生の食料・費用にあてられた田
・警固田(けいごでん):平安時代、太宰府の警固の士の糧米に充てるため筑前国に置かれた田地
田の普通名詞(よっし〜の畑)
http://www.page.sannet.ne.jp/f-yosida/taname/tanamefu.htm
 いろいろな目的に沿った田があるものです。これだけの田を広辞苑から抜き出した作者に頭が下がります。

それに
・治田(ちでん):古代、農民などが自力で開墾した田
・私墾田(しこんでん):同上   
・墾田(はりた・ほりた・こんでん):新たに開墾した田 
もありました。
 飯山市瑞穂に針田(はりた)という地名があり、最初”針みたいにとがった田が多い地名”と思いました。その後、地名の下記文献(長野県の地名その由来)を読んで納得しました。

”「治田」(はりた)は歴史の上ではかなり早い時期から見える語ですが、この場合は、開墾田をいう地名とみられ、「墾」は「はり」と読みますので、これに「治」(はり)「針」(はり)「張」(はり)などの文字を使ったものと思われます。「出張」は親村とか村落から出て新しく開墾した所の地名とみてよいように思え、同様に「張原」は開墾が行われた平らな原を意味すると考えられます」”

 出張が開墾の意味があるようですから驚きました。
 ただ、出城という意味の場所もあるようです。
等々力城
http://utsu02.fc2web.com/shiro277.html
<引用文献>
松崎岩夫「長野県の地名その由来」267p,信濃古代文化研究所
<参考サイト>
救急田(kotobank)
http://kotobank.jp/word/%E6%95%91%E6%80%A5%E7%94%B0

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