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2012年09月03日 土石流1

 上田市真田町長(さなだまちおさ)の公園にある巨石(甲石)付近のようす。
 このブログの設計が古く、1枚しか写真が載せられませんので巨石の大きさは下記サイトをご覧ください。
夕映え(甲石)
http://blogs.yahoo.co.jp/ueda1950jp/3724473.html

20120903-1.jpg

 道路脇下に幅50cm程度の小さな沢(子別当川)が流れ、道路と両脇の家々が土砂災害防止法の土石流型土砂災害特別警戒区域に指定されています。特別警戒区域は、帯状に細長く指定され、上流にえん堤が整備されていません。そのため危険性の高い特別警戒区域であることがわかります。つまり、いつ土石流が起きてもおかしくない地形といえます。

 その特別警戒区域内にある小さな公園に甲石(かぶといし)とよばれる巨石がありました。
 その案内板によると

甲石(かぶといし)
 この石は真田七つ石の一つで、子別当川の押し出しにより運ばれたものと思われる。この地域を代表する石でもあり、かつてこの地域は、甲石之郷(かぶといしのごう)、甲石村とも言われた。
 この石は兜(かぶと)の形をしているが、言い伝えによると昔、戦いの時にある大将がここで休んで、かぶっていた兜をこの石の上に置いたので、この名がついたとも言われている。七つ石はこの他に、旗見石・御座石・立石・的石・米石・茶袋石がある。
平成22年 真田自治会

 言い伝えによると川の押し出し=土石流によって流されてきたようです。
 真田町誌及び小県郡誌によるとこの巨石について記述はありませんでしたが、1742年(江戸時代)に起きた超大水害により、この辺一体に数多く土石流の起きたことが記録(注)に残っています。
 過去に土石流があった場所に、石が多く残されていると思います。平成18年岡谷市で起きた土石流災害の記録集(忘れまじ豪雨災害)に”昭和48年、先祖からの畑4筆を造成してこの土地に、工場と家と建てました。その時出てきた大小の石がトラック3台にもなり、驚いた業者と過去に土石流があったのではないかと話したことを思い出します”の記述があるように石が多く残された斜面は、大昔に土石流があったことを疑ってみる必要があるかもしれません。
 中でも巨石は、移動や運搬にお金がかかるためか何百年もそのままというケースが多いでしょう。
 ”どうしてこんな大きな石があるのだろう”という素朴な疑問が解決の鍵を与えてくれました。
(注)真田町誌歴史編(下)428p,429p,伊藤家文書による寛保2年の被害状況
<引用文献>
長野県岡谷市「忘れまじ豪雨災害」ダイジェスト版31p,災害を体験して(忘れた頃にやってくる)

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