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2012年09月24日 土石流6(完)

 写真は、長野市吉(よし)集落の上段から。この地区を隅取(くまとり)川が流れていて、写真奥の右付近に見えるのがため池(新池)です。

20120924-1.jpg

 1847年5月8日善光寺大地震(マグニチュード7.4)により、隅取川上流で土砂崩れが起きて発生した土石流が、この地区(当時飯山藩の吉村地区)を襲いました。そのため55戸が流されて153人が犠牲となり、道路の決壊、耕地の50%の流出といった大災害になりました(長野第87号)。
 この土石流は、途中にある”ため池(新池)”を決壊させたことから、より被害が大きくなりました。
 長野市誌によると災害から14年後にもまだ復旧が終わらないため御林(藩の山林)にたずさわる人足の減員を飯山藩に願い出ています。災害からの復旧が長くかかったことがわかります。
 その後、地区の公会堂(木仏堂)で寺の住職を招き、法要が行われているそうです。

 現在、隅取川の上流一部が土砂災害防止法の特別警戒区域、集落一帯が扇状地状に警戒区域に指定されています。昔、大災害があったことは想像もできないのどかな光景が広がっています。
 下記文献を読んで土石流が豪雨だけでなく、地震によっても起きる恐ろしさを実感しました。
善光寺大地震
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/zenkoujijisin.htm
 しばらくお休みをいただきというかいつも休んでいますが、また善光寺地震の特集で再開したいと思います。
<引用文献>
郷土史研究会機関誌「長野第87号」(弘化大地震による吉村の災害・内山信政)87p.88p,昭和54年9月発行
「長野市誌第八巻」607p,608p

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