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2012年09月30日 地すべり2

 写真は地すべり資料館(新潟県上越市板倉区)に展示してある「地すべりによる埋もれ木」のようす。黒々と炭化していました。
 案内板に「今からおよそ800年前、下久々野集落に大規模な地すべりが発生し、大熊川をせき止めて対岸の釜塚山まで達し、大きな湖ができました。集落間の往来には船を使ったといいます。
 この埋もれ木はこのときの地すべりで押し倒されて埋没したもので、平成2年11月30日、下久々の地区の圃場整備現場から発掘されました。伝説を裏付ける貴重な資料です。」とありました。
地すべり資料館(上越地域振興局妙高砂防事務所)
http://www.pref.niigata.lg.jp/jouetsu_sabou/museum.html

20120930-1.jpg

 地すべり資料館付近(猿供養寺)は、大規模な地すべりがありました。
 下記サイトに「規模:丈ヶ山(571.6m)より猿供養寺集落を経て大熊川に達する長さ約1,700m,最大幅約400m,高低差約300m,面積44.3haの地すべりである。」とありますから、その規模の大きさ(面積44.3ha)に驚かされます。
新潟県で発生した地すべり(猿供養寺地すべり)
http://www.pref.niigata.lg.jp/sabo/1201194035924.html
 この地区には鎌倉時代に地すべりを止めるために人柱となった僧の話が伝わっています。下記サイトに「昭和12年3月10日、集落の人々が耕地に客土をするために伝説の大地正浄寺裏を掘り返したところ、地表面下1m位のところからザル瓶を被った人柱の遺骸が見つかったのです。」とあり、新潟大学の調査によると実話であったようです。
 800年前というと鎌倉時代初期の頃ですから、三代将軍実朝が活躍した時代にあたります。実朝は水害や天変地異が相次いだことから嘆く歌(ブログ2011年7月18日源氏伝説1参照)を残しています。
 川には人柱伝説が全国至る所にありますが、地すべりにも人柱伝説があったとは驚きました。
 地すべり資料館では「人柱供養堂」の受験すべりどめのお札が販売中です。受験生の心理をうまくとらえたネーミングに納得の一日でした。
地すべりと人柱(雪崩・地すべり研究センター)
http://www.pwri.go.jp/team/niigata/column.html
 前のブログ(2011年07月08日地すべり資料館・2010年04月01日埋没林)でも紹介していますが、地学系博物館は勉強になります。
<参考サイト>
サイエンスウィンドウがおすすめする地学系博物館
http://sciencewindow.jp/contents/tigakuhakubutukan.pdf

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