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2012年10月10日 地すべり4

 写真は長野県小谷村(おたりむら)千国乙(ちくにおつ)の小土山(こづちやま)のようす。
 姫川に置かれたテトラポットで崩壊をくい止めています。

20121009-1.jpg

 館報おたり第141号(昭和46年7月30日)によると
「連続降雨の後の晴れた七月十六日午後二時十五分、突然小土山部落直下より崩落が発生、土砂は農協倉庫、民家一戸を押しつぶして姫川を横断、対岸の月岡部落へ押しつけ、姫川をせき止めた。(略)地辷の目撃者によると、はじめ、ゆるやかに崩落が起き、上の作業者が逃げ、中腹で作業中のブルドーザーの運転手が逃げ出し、その後、ブルドーザーが流され、沈むのが見えた。建物が、押しつぶされた時は小山全体が動くようで、姫川を横断した頃はあっという間で」とあります。
 この地すべり(昭和46年7月16日)は、1年2か月前の昭和45年5月2日に最初の亀裂が発見されたため、長野県で防災対策をしている最中の出来事でした。亀裂が広がるため雨のたびに近隣住民は不安を増して自治警戒をしてたそうです。(同おたり)
 全壊2棟、半壊1棟、床上浸水10世帯、床下浸水2世帯という災害となり、小土山集落は全戸移転(診療所及び農協も)となりました。
 1902(明治35)年7月15日に豪雨により小土山は崩壊しています。また、隣接斜面でも1992(平成4)年、2008(平成20)年にも地すべりが起きました。
 地すべり幅約400〜500m(筆者概測)にもおよぶ斜面は、土砂災害防止法の警戒・特別警戒区域(地すべり型)には指定されていませんが、地すべり防止区域(林務)に指定されています。
 土砂法の指定がなくても過去の災害履歴や地すべり防止区域の指定によって危険性が十分わかる地域でしょう。
 この山の先には石仏(小土山石仏群)が建ち並んでいて”塩の道”の歴史を感じさせます。塩の道は、土砂災害によってルートを変えているようです。
<参考文献>
小谷村誌編纂委員会編「小谷村誌 自然編」
小谷村教育委員会編「小谷民俗誌」
<参考サイト>
姫川災害史
http://www.hrr.mlit.go.jp/matumoto/contents/sub/kantan/fusigebook/06/fusigi9.htm
林野庁所管 小土山地すべり
http://www.jisuberi-kyokai.or.jp/kobetu/nagano/kozuchiyama/kozuchiyama.htm
小土山の石仏
http://koma.konjiki.jp/page046055.html

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