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2012年10月12日 地すべり5(完)

 長野市鬼無里(きなさ)の萩(はぎ)の峰地区のようす。この付近で1973(昭和48)年4月18日、大規模な地すべりが発生しました。
 その規模は幅200m、長さ2kmにおよび、田畑・山林56ヘクタールが埋没、復旧には2年以上も費やされました。

20121011-1.jpg

 文献(長野県萩之峰地すべり災害について)によると「飯縄山北斜面に、突然、大きな崩壊性地すべりが発生し、下流に約235万立方メートルの土砂を押し出した。幸いに、土砂流は、2つの部落の寸前で止まったため、人命に被害はなかったが、引き続き起こる二次的地すべりおよび大雨の際の土砂の流下による危険性を考慮して、長野県災害対策本部は、該当する25戸に対して避難命令を出し、万全を期した」とあります。
 東京ドームの容量は約124万立方メートルありますから約2倍弱の土砂が押し寄せたことになります。
 また、同文献では「この地区の下流部一帯は、地すべり防止区域および砂防指定地であり、既設構造物として砂防ダムなどが設けられていた、そのうち宮沢では砂防ダム14基(H=3.0〜8.0m)床止3基、和奈出沢では砂防ダム8基(H=3.0〜7.0m)が倒壊または決壊埋没した」とあります。砂防ダム22基が埋没したわけですから想像を超える規模でした。
 実際、萩の峰地区は昭和36年11月21日に地すべり防止区域(建設省告示第2672号)が広範囲に指定されていました。
 驚くことにダムを覆うように大量の土砂が高速(注)に押し寄せました。
 災害前(4月8日)に最高気温22度という異常高温があり、加えて「4月15日から18日にかけての68mmに達する降雨が累積され、これらが誘因となって一気に滑落したものと推察される」(同文献)とありますから、春の雪解けに起因する地すべり災害例でした。
 1968(昭和43)年3月10日、宮之脇地区でも大きな地すべりにより被害(全壊2戸・半壊3戸・耕地2ha流出)が発生(写真集鬼無里の百年)していますから、地域的に地すべりの起きやすい地形のようです。

(注)同文献によると「先端部で約6m/minと言われている」とあります。
 下記サイトによると地すべりの移動速度は「0.01mm/day〜10mm/dayのものが多く、一般に速度は小さい」そうですから、いかに早かったかがわかります。
(社)斜面防災対策技術協会(地すべり対策の概要)
http://www.jisuberi-kyokai.or.jp/toha/toha.html
<引用文献>
国立防災科学技術センター企画課資料調査室「昭和48年4月18日長野県萩之峰地すべり災害について」1p,3p〜4p,昭和48年7月科学技術庁
http://dil.bosai.go.jp/publication/nied_natural_disaster/pdf/02/02.pdf
長野県鬼無里村「写真集鬼無里の百年」236p,264p
<参考サイト>
東京ドームシティ
http://www.tokyo-dome.co.jp/faq/20
website信州
http://www.pref.nagano.lg.jp/kikaku/josei/gis/top/index.html

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