社長ブログ

ブログ内検索

2012年11月15日 善光寺地震6

写真は、大町市北山田町付近のようす。田の間に農具川(※のうぐがわ)が流れ、写真右奥のほうに霊松寺があります。

20121115-1.jpg

 善光寺地震では、長野市信州新町の西側にある大町市でも大きな被害が発生しました。
 文献(大町市史)によると大町市内(大町組内・小谷村含む)で潰れた家は、全壊323軒・半壊505軒ありました。86人の方が亡くなりましたが、その内、善光寺参拝旅行(御開帳)をしていた人が34人におよびました。
 ただ、長野市信州新町に近い高瀬川東方の被害が大きかったのに比べ、西方は被害がほとんどなかったそうです。(大町市史)
 文献(1847善光寺地震報告書)によると
「高瀬川左支・農具川(のぐがわ)の左岸では、『どじょう崩れ』と呼ばれる大規模な崩壊が発生し、これにより霊松寺(れいしょうじ)が倒壊した(図1-23)(国土交通省北陸地方整備局松本砂防事務所、2003)。大町市編纂委員会(1984)によれば、応永(おうえい)11(1404)年に霊松寺山の麓に建立された霊松寺は、善光寺地震で倒壊炎上し、その後現在地に再建された。地震当時の霊松寺の位置が山田集落なのか、どじょう崩れの直下なのかを示す史料は現在のところ見つかっていないが、地元ではどじょう崩れの崩壊堆積物の下に旧霊松寺があったといわれている。」と記述。
 この崩壊(大町市史)により、霊松寺がつぶれ全焼してうえに3名死亡、1名重傷、馬1匹焼死の被害が発生しています。
 上記文献(図1-23)によると押し出した土砂は農具川脇にまで迫りましたから、緩斜面及び平地に200m〜220mほど押し出したことがわかります。
 崩壊や地すべりによって急斜面から押し出した土砂は、平地にまで押し寄せてきますから、土砂災害防止法による警戒区域の範囲(地すべり型)が250m(注)となっているのも理解できます。ちなみに崩壊した箇所(平地やその付近の斜面除く)は、現在土砂災害危険箇所の地すべり危険箇所に指定されています。
※長野県河川台帳では農具川(一級河川)を”のうぐがわ”と読んでいる。
(注)文献「土砂災害防止法令の解説」によると過去の地すべり発生事例によれば以下の結果が得られている。
 ´⊂蔑
 E收佚の堆積した長さは250m以下となっている。

<引用文献>
中央防災会議災害教訓の承継に関する専門調査会編「1847善光寺地震報告書」57p,平成19年3月
国土交通省北陸地方整備局松本砂防事務所、2003「松本砂防管内とその周辺の土砂災害」カラー48p
「大町市史第三巻」501p,503p
国土交通省河川局水政課・砂防部砂防計画課「土砂災害防止法令の解説」59p,監修(社)全国治水砂防協会

この記事へのコメント

書き込んでいただいたコメントは、管理者の確認後に公開させていただきますので、ご了承下さい。

お名前
E-MAIL(非公開)
URL
タイトル
コメント
  投稿キー    [キー入力]
 
迷惑書き込み防止のために投稿キーを設定しています。
投稿キーはjzpgです。上記の「投稿キー」にご記入下さい。