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2012年11月25日 善光寺地震10(完)

 写真の遠方に見えるのは長野市七二会(なにあい)の倉並(くらなみ)集落。
 善光寺地震により大規模な地すべりがこの集落を襲いました。
下記サイトによると
「当該地の活動履歴は古く、弘化4 年(1847)の善光寺地震の際には東北側上部斜面で大規模な崩落が発生し、下方の倉並集落を襲い、人家41 戸のうち埋没22 戸、半壊11 戸、死者60 名という大きな被害となった」とあります。
倉並地すべり
http://jisuberi-chubu.org/main/kuranami%20.pdf
 明治時代にも地すべり被害(1908年1月全壊2戸・半壊5戸)が発生しました。
 1961年4月に地すべり防止区域に指定され、1966年から本格的な調査(上記サイト)が始まりましたが、地すべりの深さ(最深部60m)がわからず何回か対策工事の計画が変更されたようです。
 文献(山が動く土が襲う)に掲載されている地すべり対策図面(平面図)によると集落の下を長い排水トンネル(1号・2号)が通り、地下水を集めています。同文献に旧地形は「集落の中央部が凹地状となり、これは川原と呼ばれ、その一部が沼になっていた。この凹状地をとりまいた高地に集落の家々があった」とありますから、もともと水の多い地形だったことがわかります。
 現在、この集落は、善光寺地震により地すべりした土の上に建っていますが、対策工事が功を奏して安定状態を保っています。

20121124-1.jpg

 1965年から始まった松代群発地震(長野市)により牧内・西平山地区で湧水が発生して池を造り、地すべりが発生しました。牧内地すべりで湧(ゆう)出した地下水は、「塩分の濃い地下水で、近くの加賀井温泉の水質と同じだと報告」(野口喜三雄他)されていますから、場所によって湧き水も水質が異なっていました。
 地域的に池や沼が多い地形は地下水が多く、斜面の場合、地震による地すべりが発生しやすいようです。

 それに場所(長野市浅川真光寺)によっては地震により原油が湧き出しました。
 文献(善光寺地震に学ぶ)に「真光寺で発生した善光寺地震による崩落性の地すべりは各所で大規模に滑ったが、滑った後から数カ所で原油が湧きだした。災害に遭った人々は、すぐにこれを使って風呂を沸かしたり、ものを煮たり湯を沸かしたりして利用した。地震の後で原油が湧きだした場所は、浅川以外にも小田切などに見られた」とあります。
 そういえば昔のブログ(2006年03月17日)でもこのことを取り上げていました。
長野の油田
http://www.naito-kantei.jp/blog/page.php?_id=76

 これで善光寺地震シリーズがやっと終わり。自分自身勉強になりました。
 少し休みをいただき、身近な話題で再開したいと思います。いつ頃になるかわかりませんが・・・。
<引用文献>
川上浩「山が動く土が襲う」21p,92p〜94p,信濃毎日新聞社
野口喜三雄他「松代地震と地下水,松代地震と地すべりに関するシンポジウム」1967
赤羽貞幸・北原糸子編著「善光寺地震に学ぶ」29p,信濃毎日新聞社
<参考サイト>
松代群発地震(精密地震観測室)
http://www.jma-net.go.jp/matsushiro/learning/mat-swarm.html
吉岡竜馬・奥田節夫・北野康「松代群発地震地域の地すべり地帯に湧出した地下水のハロゲン元素について」
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/69764/1/a14b0p48.pdf

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