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2012年12月01日 善光寺地震(番外編2)

小川村から。

20121201-1.jpg

 善光寺周辺で発生した火災による被害は西町が一番多かったようです。
 文献(善光寺地震に学ぶ)にこう説明がありました。
「西町は古くから古着屋が多く集まっているところ、善光寺門前第一の商人が多い町であったといわれている。古着というと価値が低いと思われるだろうが、この点は現代の感覚で考えては間違いを犯すことになる。少し話は飛ぶが、江戸での盗難品の第一は衣類、それも古着である」
 善光寺界隈(西町・西之門町・天神宮町・阿弥陀院町)の職業分類(善光寺西町御家業改帳)を見ますと西町にある太物(ふともの)・古着を営む戸数(28)は、全体の約78%にも及んでいます。
 今でいえば古着通りのように古着屋さんが建ち並んでいたのでしょう。
 ちなみに太物の意味がわかりませんでしたので調べたら下記サイトに説明がありました。呉服とはよくいいますが、太物はあまり言わないような。
コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E5%A4%AA%E7%89%A9
<太物>
1 絹織物を呉服というのに対して、綿織物・麻織物など太い糸の織物の総称。
2 衣服にする布地の総称。反物(たんもの)。

 それに文献(善光寺地震に学ぶ)に「江戸の旗本ですら、自分の娘の嫁入り道具の布団などは古着で賄っており、越後屋などの呉服屋で新調する衣類はお目見えなどの晴れの登城の時の紋付、裃(かみしも)に限られていた時代である。」とありますから、当時、善光寺の参詣(さんけい)者達は、古着屋で買い物をするのが楽しみだったのかもしれません。

<引用文献>
赤羽貞幸・北原糸子編著「善光寺地震に学ぶ」102p,103p,信濃毎日新聞社
「嘉永元年3月 善光寺西町御家業改帳」長野県史近世史料編第7巻

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