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2013年07月30日 文人の足跡5

 山ノ内町佐野の象山公園にある石碑。
 この石碑には、佐久間象山の業績をたたえた勝海舟自筆の書が刻まれています。
佐久間象山遺澤の碑
http://www.shinshu-liveon.jp/www/tourism/node_37198
 勝海舟は優れた書家でもあったので今回少々強引に文人として取り上げました。
なんでも鑑定団(勝海舟書)
http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20120508/09.html
 佐久間象山は何回かブログで取り上げていましたのでそちらをご覧ください。
興隆寺(2006年07月06日)
http://www.naito-kantei.jp/blog/page.php?_id=140

20130730-1.jpg

 山ノ内町誌に「石材は小紋岩、高さ309センチメートル、幅98センチメートル、厚さ48〜50センチメートルの碑石が、高さ約60センチメートルの大きな自然石上に樹てられ、一面を研磨して碑文が陰刻されている。この石碑は明治12年の初秋に、勝海舟が佐野村有志の依嘱により、盟友であり、海舟の妹婿にあたる佐久間象山の佐野村に遺した業績をたたえた文を記したもので、撰文並びに書ともに海舟の手になる珍しいものである。」とありました。
 書の内容は、「(略)象山佐久間翁藩に存せし時、いたく此地をめて、やかて住はやと思はれけむ、詩に詠し文を賦して其志をよせられけらし(略)」とありますが、古文のようで難しいので省略しました。

 勝海舟は咸臨丸(かんりんまる)に乗ってジョン万次郎(首席通訳)、福沢諭吉らとアメリカへ行きましたが、文献(椿と花水木)にひどい船酔いで船長室に閉じこもっていたことが書かれています。ただ、水兵(漁師)として乗り込んでいた香川県塩飽(しわく)諸島出身(戦国時代水軍・海賊の子孫)の35人も船酔いしていますから想像を超える揺れだったのでしょう。
 私は、21年ほど前に伊東(静岡県)へ台風のあとに鯛釣りに行ったことがありました。船に乗って数分でダウンして帰ってくるまでずっと横になっていました。酔って寝るだけのためにお金を払いました。いまではいい思い出ですが・・・。
 勝海舟の船酔いが少しは理解できたような。
<参考サイト>
宮本家讃岐国塩飽本島
http://gos.but.jp/mymt.htm
勝海舟別邸(洗足軒)跡
http://members.jcom.home.ne.jp/nobish/setsumei/s_kaishu.html
古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/search.php?cndbn=%8F%9F%20%8AC%8FM
<引用文献>
山ノ内町誌(佐久間象山遺沢の碑)781p,782p
津本陽「椿と花水木」(下)−万次郎の生涯−281p,295p新潮文庫

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