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2013年09月03日 文人の足跡8

写真は佐久市岩村田にある仙禄湖(せんろっこ)のようす。写真左の林には佐藤春夫の詩碑(湖畔口吟)が建立されていて、除幕式(昭和35年11月21日)には、春夫夫妻が出席しています。
 文献(佐久における佐藤春夫とその周辺)に「北佐久郡浅間町岩村田の灌漑用の人造湖に春夫が仙禄湖と命名。仙禄は浅間の麓、浅麓(せんろく)の字音を移し、仙禄との文字を仮り名づけたものといわれる」とあります。
仙禄湖畔の文学碑
http://www.city.saku.nagano.jp/cms/html/entry/745/262.html

20130903-1.jpg

 その詩碑の前には「佐藤春夫先生命名の地仙禄湖」なる標石も建立されています。これは春夫の門弟で組織された「春の日の会」3000人の代表格であった井上靖が揮毫しています。この会には井伏鱒二・柴田錬三郎・五味康祐・吉行淳之介・檀一雄(檀ふみ氏の父)などの文学者が名を連ねていたそうです。(同文献)
 春夫の詩碑は県内に数多く、川上村秋山(建立年平成2年)、佐久市横根個人宅(同昭和35年)、佐久市横根(同昭和33年)、長野市信州新町(同昭和43年)にみられます。
JA佐久浅間(聴雪の家の碑)
http://www.ja-sakuasama.iijan.or.jp/welcomenews/play/2007/07/post_20.php
 特に佐久市横根の湯川河畔(かはん)にある碑は、有馬生馬題、楜沢徳太郎撰文、大森萬里書ですから、ブログ文人の足跡2で登場した人物が何人も関わっていました。
 佐藤春夫は昭和20(1945)年4月28日から同26(1951)年10月18日までの5年半ほど佐久市横根の個人宅に疎開していました。(同文献)
その間、詩集「佐久の草笛」、横根の自然を題材にした「自然の童話」、戸隠旅行の「都会の憂鬱」、岩尾城(佐久市鳴瀬)を舞台にした「戦国佐久」など信州を扱った作品を発表しています。

 私が佐藤春夫に興味を持ったのは、子供が通っていた中学校(信州大学附属中学校)の校歌を作詞していたからでした。
 春夫は、ほかに県内では南佐久実業高校(今の小海高校)、染谷丘高校、梓川高校、浅間中学校などの作詞もしています。
 これで文人の足跡シリーズは最後になりました。だらだらと続けるのも楽しく。
<引用文献>
中澤弘之「佐久における佐藤春夫とその周辺」(H14)266p,284p,年表300〜309p
<参考文献>
国道交通省北陸地方整備局千曲川工事事務所「千曲川の今昔」(H13年)
半田美永「佐藤春夫研究」双文社出版
庄野英二「佐久の佐藤春夫」編集工房ノア

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