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2013年11月02日 松原湖の形成

長野県小海町(こうみまち)の松原湖から。
夕方でしたので少し幻想的?に見えました。

20131102-1.jpg

 下記サイトにありますように850年〜890年(平安時代)の間は、日本各地で地震や噴火が相次ぎました。菅原道真が亡くなった後、”天変地異が相次いだ”と何かの文献で読んだ記憶が昔あって、この時代の地震や噴火と思っていました。
 その後、道真が太宰府へ行ったのは901年であったことを知り、また、天変地異ではなく周辺人物の不幸が相次いだことも知り、長年のひっかかりが解消されました。
炎と水の物語 2013 Apprehensio ad Ignis et Aquarius.
http://blog.goo.ne.jp/rgriggs1915/e/7b5bc1c5a96033de7cd243c2b389645b

 この一連の地震や噴火の中で、887年(注)に起きた八ヶ岳の大崩壊により松原湖ができたようです。

 小海町や隣接する南牧村(みなみまきむら)には、「海」という地名が多くあります。例えば小海、小海原、海尻、海ノ口など。
下記サイト(小海町サイト)に
「近くには小海をはじめ海瀬・海尻・海の口などの地名があって、有史以降になって何らかの変動が起き、巨大な湖が存在したことを暗示させている」
とあり、巨大な湖=海があったようです。

それに
「大月川岩屑なだれは千曲川および相木川を堰き止め,2つの巨大な湖を形成した。千曲川に形成された湖は最大時には上流10kmに及び、深さ130mあったらしい。10ヶ月にわたって堰き止められて次第に水かさが増した天然ダム湖は翌年決壊し下流に大洪水をもたらした」
日本の歴史上最大の天然ダムができ、10か月後に崩壊して大洪水となったようです。
松原湖(小海町)
http://www2.ueda.ne.jp/~moa/matubarako.html
日本最大の天然ダム(千曲川・八ヶ岳大月川岩屑なだれ)の事例調査
www.jsece.or.jp/event/conf/abstruct/2010/pdf/O4-30.pdf‎

 この痕跡(こんせき)として
 更埴市史は”善光寺平南縁部の調査者の間で「仁和の砂」と言われている黄褐色の砂質土壌は1メートル弱のところから数メートルまで広く分布している。この砂質土壌は一過性のものである一時期に堆積し、その下に平安時代初頭の遺構を埋没している”
また、”厚く堆積した仁和の洪水砂 佐久市砂原遺跡 畠跡や水田跡、竪穴住居跡を最大2mを超える砂層が覆っている”(掘ってわかった信州の歴史)
があるそうです。
(注)文献(掘ってわかった信州の歴史)によると「山体崩壊は仁和(にんな)3年(887年)に発生した仁和地震(東海・南海巨大地震)の影響も考えられています。岩石なだれの堆積物に含まれていたヒノキの年輪年代は887年でした」
<引用・参考文献>
「更埴市史第一巻古代・中世編」466p
財団法人長野県文化振興事業団長野県埋蔵文化財センター「掘ってわかった信州の歴史」(災害の痕跡)74p
寒川旭「歴史から探る21世紀の巨大地震」朝日新聞出版
北原糸子「日本災害史」吉川弘文館

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